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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第6章 柱たちとお泊まり会✔



「自分の体を喰ったのか」

「……」

「飢餓症状が出たのか。いつからだ?」

「……」


 蛍が鬼特有の飢餓を紛らわす為に己を喰らうことは、義勇もあの藤の檻での一件以降知っていた。
 しかし目の当たりにしたのは初めてだ。
 咽返る血の臭いを充満させながらも、その中心にいる鬼は虚ろな目をしている。
 問い掛けても応えはない。


「答えろ。彩千代蛍」


 ぴくりと蛍の瞳孔が揺れた。
 虚ろだった目が初めて義勇を映し、そして再び伏せる。
 血に染まった口元を僅かに動かして、ようやく言葉を絞り出した。


「…わたし、は……かわいそう、なの…?」


 しかしそれは義勇の求めた答えではなかった。


「あわれに、みえる…の…」


 ぽつりぽつりと、途切れ途切れに問い掛けてくる。


「じぶんの…からだを、たべてまで…いきてる、なんて…」


 蛍が言わんとしていることは伝わった。
 しかしそれで義勇の表情が変わることもなく、淡々と告げ返す。


「知らん」


 予想外の答えだったのか、びくりと反応した小さな頭が再び見上げてくる。
 今度は困惑の表情を浮かべて。


「悲鳴嶼行冥に言われたのか。あれは何に対してもまず慈悲と哀れみを向ける。そういう男だ」

「…っ…」


 何か言いたげに蛍の口が開き、しかし閉ざされる。言葉にしたいのに、出来ないように。


(違う。そういうことが言いたいんじゃない)


 行冥の言葉が蛍の心を刺したのは確かだ。
 しかしその言葉が痛かったから辛いのだと、そう言いたい訳ではない。

 人間時の感情が思い起こされ混ざり合い、胸の内が混沌とした。

 不幸を他人の物差しで比べて、勝手に哀れんでくる。
 可哀想という言葉を、当然のように差し出してくる。
 それは蛍にとって救済の手などではなかった。
 哀れみという肯定できる拳で、心を叩き付けてくるものだ。


「…っ」


 それを適切に表現できる方法などわからない。
 上手く伝えられない歯痒さと、義勇という男の得体の知れなささと。
 何一つ上手くは回らない世界で、小さな少女ができたことは己の体を抱きしめることだけだ。

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