第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
緩やかに、たおやかに。常に柔らかな動作しか見せてこなかった柚霧らしかぬ行動に、思わず杏寿郎も目を見張る。
「それはなんだ? 蝋…なんとか、と書かれていたような…」
「(観察力が良過ぎでは…!?)…流石、杏寿郎さんですね。その名の通り、これは蝋(ろう)です。行灯の灯りが足りなくなった時に、使う為の予備みたいなものです」
「…本当か?」
「本当、です」
尚もじぃっと見てくる杏寿郎から逃げるように、懐の奥にそれをしまうと柚霧は通和散を突き出した。
「それよりも通和散が何か知りたいのでしょう? では、ちゃんと教えますから。見ていて下さい」
「む」
自然と背が伸びる杏寿郎の意識が、目の前の通和散に集中する。
内心ほっと息をつきながら、柚霧は包をゆっくりと開いた。
中には長方形の小さな薄い紙が数枚、入っていた。
短い栞のようなそれは不純物など混じっていない純白の紙。
一目見て柚霧には、それが上質な代物だとわかった。
『女郎にゃ必需品だろ。持っていきな』
杏寿郎の待つ部屋へと向かう前に、持たせてきたのは松風だ。
共に黒い包み紙を持たされた時は焦りもしたが、どれも値の張る一級品だった。
通和散だけではない。
頭を飾るビラ簪も、唇に乗せた紅一匁も、纏う着物も全て、上等なものをと当てがってくれた。
『松風さん…柚霧にして下さいと言いましたが、私はこんな上等なもの身に付けていませんでしたよ』
『は、何言ってんだい。それは月房屋の柚霧だろう。此処はあたいの店だよ。あたいの女郎をあたいが好きに飾って何が悪い。煉獄の旦那は相当な上客だ。そういう客にゃ、相手する女郎も上等でいなけりゃね』
『…松風さん…』
『まあ、まともに女郎を買ったこともないのに、あんたに目を止めるだけ中々に見込みのある男さね。ああいう客は逃したら駄目だよ。しっかり心まで虜にしてきな』
『が…頑張ります』
『なんだいその気弱な返事は! 良い女にしてやったんだから胸張って行きな!』
『わ…ッは、はい!』
(──そうだ)
初めて、女郎としての自分を見てもらいたいと思ったのだ。
その目に、柚霧として生きた自分の姿を。