第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「ただ…」
ただし、と掌を杏寿郎の胸に当てると、柚霧は僅かに身を退いて距離を置いた。
「その…私も、経験が豊富な訳ではないので…」
「そうか?」
「杏寿郎さんより多少はあるのかもしれません。…ですが、その…」
「?」
もごもごと小さくなっていく語尾。
赤い顔を隠すように横へと逸らすと、柚霧は観念したように目を瞑った。
「私、後ろで感じたことがないんです」
「………そう、か?」
意を決したような空気で柚霧が吐露したものは、杏寿郎を拍子抜けさせた。
というよりも、疑問符を浮かべることしかできなかった。
「潮というのは、気持ちよくなって出るものではないのか?」
「そっ…それは…そう、ですけど…」
「ならば先程柚霧が果てたように見えたのは、俺の幻覚か」
「ちが…っそ、そういう意味ではなくてっ」
煉獄家の庭で体を重ねた時も、最後は後孔で感じてくれていたように思う。
というよりも感じていたはずだ。
大きく頸を捻り傾げる杏寿郎に、慌てた柚霧は尚も頬を赤らめた。
「その、杏寿郎さん以外の人で、感じたことがないんですっ」
「………大いに讃えられている気しかしないんだが」
「いや、あの…だから…杏寿郎さんと気持ちよくなれたのも、それだけじゃなかったからです…他にも…いっぱい、触ってくれた、から…」
もごもごもご、と更に語尾が掠れていく。
これ以上ないという程顔を真っ赤に染めると、とうとう柚霧は膝の上でくるりと体を反転し背を向けてしまった。
「誰かと後ろで繋がって、気持ちよくなったことがないんです…いつも、痛くて、苦しいだけで…」
「……」
「だから杏寿郎さんと繋がっても、そうなってしまう気がして…それは決して杏寿郎さんとの行為が嫌だとか、そういう訳ではないと思って頂き……杏寿郎さん?」
やけに背後の反応が薄い。
というよりも極端に静かだ。
ぽそぽそと続けていた声を止めた柚霧が、不思議に思い振り返る。
すると其処には、見本と言えるような綺麗な笑顔を浮かべた杏寿郎がいた。
「ん?」
目に見えてわかる憤怒の血管を、額に浮かべて。