第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
長い間乾ききっていた心が、初めて何かで満たされた。
そんな夢心地にさえ感じるようなひと時を、終わらせたくはなかった。
「私を想ってくれるなら、この体に刻み付けて下さい。一生、忘れられないものを」
答えを出してしまえば、淡いこの時間に終わりがくるような気がして。
ちゅ、と優しい音を立てて薄い唇に口付ける。
「…今生の別れのような台詞だ」
応える杏寿郎の顔は暗いものだった。
そんなつもりはなかったが、そう聞こえても可笑しくはない。
肯定も否定もせずに静かに笑う柚霧に、杏寿郎は真一文字にぎゅっと唇を締め上げた。
「よしわかった!」
「っ?」
不意にカッと金輪の双眸が見開く。
柚霧の脇を軽々と抱き上げ身を起こしたかと思えば、胡座を掻いた膝の上に座らせる。
腰を抱いたまま、少し高い位置にくる柚霧の目を見上げた。
「ならば柚霧の望み通り、俺の想いの丈をこの体に刻もう。だから俺の望みも聞いてくれ」
「と、言いますと…?」
「柚霧を抱く男は、俺で最後にして欲しい」
ぱちりと、睫毛の長い瞳が瞬く。
拍子抜けしたように、ふくりと柚霧は笑った。
「勿論です。私が柚霧を名乗るのは、杏寿郎さんの前でだけですから」
「ならば君を抱いた今までの男のことは忘れてくれるか?」
「ええ。寧ろそれは私の望みです。杏寿郎さんで上書きして貰えるなら、そんなに嬉しいことはありません」
やんわりと杏寿郎の手を両手で握り、己の胸元へと導く。
肌蹴た着物では隠しきれていない谷間へと、誘うように掌を重ねた。
「ではまだ足りないな」
しかし重なる掌は、柔らかな二つの膨らみを愛ではしなかった。
ゆっくりと肌を下り、腰を撫で、脚の間へと吸い込まれていく。
「足りない、ですか?」
「俺の知らない柚霧のことを、他の男はまだ知っている」
「ん…っそんなこと…杏寿郎さんの方が、知っています、よ」