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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔



「杏寿郎さんは私を人と同じに扱って下さいますし、私も心は人のままでいたいと望んでいます。けれど月房屋の男達に対してだけは、どんなに取り繕っても鬼になってしまうんです。松風さんのように、その死を悼むことなんてできない」


 殺人鬼と罵られてもいい。
 それでも、命を奪っても足りなかったのだ。
 だから殺意に呑まれるまま男達の手足を引き千切り、内蔵を引き摺り出し、目玉を刳(えぐ)り抜いた。


「だから私は、本当は鬼殺隊にいていい存在じゃないんです」


 鬼に恨みを持つ隊士達とも。
 同じ鬼である禰豆子とさえも。
 同じ場に立つことはできないと、ずっと思っていた。

 その確固たる理由は、鬼となった根本にある。


「人々を喰らう鬼舞辻無惨が、鬼殺隊にとっての悪鬼であるように。私と姉の人生を喰らった人間こそが、私にとっての悪鬼だったから」











「……」


 杏寿郎は長いこと口を噤んでいた。
 腹の底に、ずんと重々しい何かが沈むように感じたのだ。

 柚霧の命を絶とうとした者は、無惨ではなかった。
 同じ人間であった者達だ。

 沈黙を作ることしかできない頭に浮かんだのは、千寿郎の蒼白した顔だった。
 蛍の影鬼に飲まれ、見てはいけないものを見てしまったのだと言っていた。
 知らなければよかっとさえ、思ってしまったと。

 今なら弟が吐露した言葉の重みが理解できる。

 おいそれと触れて掘り返していい訳がない。
 無情に命を搾取された出来事など。


「……すまない」


 ようやく絞り出すように零れ落ちたのは、謝罪だった。

 命を散らす間際、柚霧の傍にいられなかったことへの償いか。
 男達と同じ人間としての謝罪か。
 傷跡を刳り返してしまったことへの罪悪感か。

 何に対しての謝罪なのか、杏寿郎自身もはっきりしない。
 それでも言わずにはいられなかった。


「蛍が、人間が怖いと言っていた意味がようやくわかった」


 蛍が鬼だから、自分が鬼殺隊だから、などと関係ない。
 怖いと告げた蛍のあの夜の言葉は、安易に否定していいものではなかったのだ。

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