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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔



 やがて沸騰するような朧気な頭の隅で、唐突に〝それ〟を悟った。


「あるはずの感覚が、ぽっかりと抜け落ちてなくなる感じがしたんです。身体の一部が失われていくような、欠け落ちていくような……ああ、死ぬのかなぁって」


 死という概念すらよくわからなくなっていた思考で、ただ漠然とだけ悟ったのだ。
 これで終わりなのだと。


「その時、頭に姉さんの顔が浮かんだんです。姉さんを残して死にたくないだとか、そんな真っ当なことを考える前に、大好きだったその顔だけが浮かんで……声が聞こえました」





『──無念であろう』





 温かくも冷たくもない、淡々と告げるだけの声だった。





『その無念を晴らしたいか? 自分を死に至らしめる者を同じ目に合わせたいか?』





 混沌の渦の中に落ちるように、沈んでいく体。
 指先一つ動かせない中で、唯一の灯火を消そうとしていた意識の欠片に触れられた。


「恨むなら、自分の弱さではなく浮世に変えた人を恨めと言われました。…否定する気なんてなかった。姉さんは何も悪くはないのに。取り巻く世界は、本当に救いようのない悪人だらけだったから」

「……」

「だから無惨の言葉を否定しませんでした。否定する理由もなかった。…そんな私だったから、拾われたのかもしれません」


 ぷつりと頭の中に何かを差し込まれるような感覚。
 痛みも何も感じない中で、唯一はっきりとしていたのは。





『強き鬼となれ。彩千代 蛍』





 確かにあの時、名を呼ばれたのだ。
 源氏名ではない自分の名を。


「所詮この世に、都合良く縋れる神様や仏様はいないんです。本当に助けて欲しい時、私の前にいたのは鬼だけでした」


 それだけの話だと、息をつく。


「だから私も鬼に成った。…その後のことは、杏寿郎さんも知っていますよね」


 底知れぬ怒りのまま男達を惨殺し、そして死を望む姉をも喰らった。
 そんな世界を地獄と呼ばずになんと呼ぼう。

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