第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
言葉だけを並べれば理解はできたかもしれない。
しかし今まで鬼殺隊として培ってきた数多の経験と、柚霧の抑揚のない声が、杏寿郎を困惑させる。
無惨が人の命を拾うなど、そんなことがあるのかと。
腕を緩めて、閉じ込めていた柚霧の顔を凝視する。
視線を感じているはずの柚霧は顔を上げなかった。
胸に額を寄せたまま、ぽつりぽつりと雨音を落とし続ける。
「私、死にかけたんです」
肩を濡らすにも至らない、小さな雨粒のような声だった。
「月房屋の男達が姉に毒を盛っていたことを、知ってしまったから。口封じの為だったんでしょう」
雨音は止まない。
その些細な雫が、杏寿郎の体温を急速に奪っていくようだった。
「姉に毒を盛ったのは、妹の私にも身売りをさせるため。そんな下らない理由で、姉は沢山のものを奪われました」
「余りにも馬鹿馬鹿しくて、頭に血が昇ってしまって…私も馬鹿でした。もっと上手く、立ち回れたはずなのに」
立ち聞きしてしまった話は、聞いていないと嘘をつけばよかった。
男達に歯向かいながら月房屋を出ていこうとするのではなく、一目散に逃げ出せばよかった。
そうすれば姉さんは殺されなかったかもしれないのに。
そう何度も後悔した。
何故あの日、あの時間帯に、帰り着いてしまったのか。
何故あの時、あの瞬間、おはぎを隠そうなどと思い至ってしまったのか。
何故。どうして。
しかしどんなに悔やんでも、あの時の自分はそれ以外の行動は取れなかっただろう。
姉の末路も、自分の立場も、全てが男達の私利私欲で作られたものだったのだ。
冷静でいられるはずがなかった。
「息は、上手く吸えませんでした」
殴られ続けて膨れ上がった顔は、歪んでしまった。
「声も、上手く出せませんでした」
血の味しかしない口内は、麻痺したように痺れた。
「涙は…憶えていません。あの時は、何も見えなくて」
青痣で膨張した己の肉に邪魔をされて、視界もままならない。
「寒くて、暗くて、怖くて、痛くて……痛くて」
気が狂いそうな程の激痛だった。
なのにその痛みも次第に熱となって、何も感じなくなっていく。