第6章 柱たちとお泊まり会✔
胡蝶しのぶもわかってて言っているんだろう。
ほんの少し襖を開けば、明るい月の光が差し込んでくる。
そこから目を逸らすようにして、一度だけ室内へと目を向けた。
「…かわやへいくだけ、だから」
「そうですか。迷子にならないよう気を付けて」
小さな子供に向けるように、笑顔で送り出される。
気を付けて、なんて。
そんなこと少しも思ってない癖に。
…そんなことを言える度胸もなく、逃げるように部屋を後にした。
人気のない長い廊下を、ぺたぺたと素足の足音だけが通る。
着物を引き摺り向かう先は厠じゃなかった。
とにかく息苦しいあの場から離れたかった。
体に色々と限界がきていたのもある。
あのまま胡蝶しのぶの傍にいたら、本当にさくっと殺されてしまうかもしれない。
それくらい体が血肉を欲していた。
「…は…っ」
呼吸も覚束(おぼつか)なくなってくる。
ここじゃ見晴らしが良過ぎる。
万が一、同じに厠に出てきた柱の誰かに遭遇したらいけない。
何処か隠れられる場所はないかと探していたら、庭の隅に井戸を見つけた。
あそこなら水場だから血も洗い流せる。
そう考え付くと同時に、裸足で庭へと下りていた。
綺麗に整えられた砂利が少し痛いけど、血肉の欲に比べたらなんともない。
急いで井戸へと駆け寄って、その影に身を隠す。
はぁはぁと零れ落ちる荒い息のまま、噛み慣れた自分の腕を口元へと寄せる。
なるべく着物が血で汚れないようにと、ぎりぎりまで託し上げて晒した肌に、がぷりと喰らい付いた。
鋭い痛みが走る。
それでも血肉への欲は止まらない。
牙を届く限り奥まで押し込んで、溢れる温かい血をじゅるりと啜った。
口内いっぱいにほとばしる温かい血液。
充満する血の匂いを嗅げば、切羽詰まっていた欲が一瞬足を止める。
微かに肩の力を抜きつつ、尚も牙を食い込ませた。
ジャリ
砂利を踏む音がした。目の前がふっと暗くなる。
ジャリ
違う。砂利を踏む音じゃない。
これは──
「…南無阿弥陀仏」
数珠を擦り合わせる音だ。