第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「言っただろう、君だけが欲しいと。そんな姿を前にして、何も感じない訳がない」
思わず今度は自身を見下ろす。
掛襟を大きく開かせた胸元は、蜜璃程とまではいかないが柔く影を作る谷間まではっきりと見えている。
今いる角度なら、杏寿郎の視界には色々と丸見えになっているのだろう。
「……」
「むっ?」
思わず無言でそっと胸元を隠した。
「お粗末なものを見せてしまいました…」
「粗末なものか! 寧ろもっと見ゴホンッ」
ぱちりと目を瞬けば、今度は口元に拳を当てて目を逸らす杏寿郎の顔が映る。
ほのかに色付く頬を目にして、柚霧は困ったように笑った。
(嗚呼。本当に、この人は)
言葉だけではない。
視線一つ、仕草一つで、ここまで己の心を満たしてくれる人がいるだろうか。
「私、そんなに綺麗じゃありません」
「何を言う。君は綺麗だ」
「お粗末な身体とは違います。色欲ばかり貪ってきた体ですから。正直、杏寿郎さんとつり合う気はしないんです」
「そんなことは──」
「ええ。杏寿郎さんなら、そう仰ってくれるとわかっています。だから…私も」
繋がれた手を、導くように持ち上げる。
大きく皮膚の厚い掌を己の頬に当てると、両手で包み込んだ。
「恥を忍んでお頼みします。つり合わなくても、綺麗でいなくても。私、杏寿郎さんが欲しいんです。この時間だけは、蛍でもない、柚霧だけを見ていて欲しいんです。私だけを…愛して欲しい」
想いを込めるように閉じていた瞳を、ゆっくりと開く。
「柚霧(わたし)だけの、杏寿郎さんを下さい」
ほのかに口角を緩めて、頸を僅かに傾ける。
しゃりんと音を立てて、頭の簪が儚く揺れた。
「一度だけでいいんです。一度、貴方に愛してもらえたら。私も、自分を愛せるような気がするから」