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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔



 一度触れようとして止めた手を、再び伸ばす。
 まるで怯える小動物を怖がらせまいとするかのような、繊細な手つきで触れたのは、畳に付いた細い指だった。
 掬い上げるように優しく持ち上げて、そっと包み込む。


「細く、華奢な手だな」


 片手で覆い隠せてしまうその手を握り、杏寿郎はくしゃりと顔を綻ばせた。


「初めて柚霧に触れた」


 その言葉に驚いたのは柚霧だ。

 今まで柚霧を前にした男達が、接触を要求するのは全て体を交える為だった。
 恭しく手を握り、子供のように喜ぶ男などいなかった。

 なのに目の前の男は、それが至福のように笑うのだ。

 暗い瞳を丸くする。
 真っ赤な唇で弧を描くと、柚霧はぷすりと小さく吹き出した。


「杏寿郎さんは、本当に愛らしい人ですね」


 優しい笑みとは違う。
 どうしようもなく零れてしまう感情を表に、すっと心の内が軽くなるような気がした。
 柚霧を名乗る時はいつももやがかかっていたような、違和感が抜けていく。

 無邪気なその心に触れていると、自分まで浄化されていくようだ。
 体をじわじわと纏う黒く汚れたものを、払い落としてくれるかのように。


「私も、触れてもよろしいですか? 杏寿郎さんに」


 触れたいと思った。
 触れてもいいのだと思えた。

 包み込む手をそうと握り返して、頼み込む。


「勿論だ」

「では、お胸をお借りしますね」

「うむ、こうか!」


 腕を広げて、盛大な抱擁を受け止めるような格好で止まる杏寿郎に、また頬は緩む。
 失礼します、と告げて、柚霧はそっと広い胸に触れた。

 ぴたりと耳を当てて身を寄せる。
 急速に縮まる互いの体温に、ほんのりと体は熱を帯びる。
 しかし鼓膜を優しく震わせてくる杏寿郎の心音に、晒す白い肩は緩やかに下がった。

 とくんとくんと、流れてくる命の音。


「私も…こうして触れているだけで、心地良い気分になれます。私の胸は、煩くなるけれど」

「ならば俺と一緒だ」

「? 杏寿郎さんの心の音は、落ち着いていますよ」

「今は呼吸で整えているからな」

「え?」


 思わず視線を上げる。
 見えたのは、どことなく気恥ずかしそうに目を逸らす杏寿郎の顔だった。

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