第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「杏寿郎さんは、こういう場にあまりご縁がありませんでしたか?」
「何故そう思う?」
「所作は落ち着いていますが、瞳が騒いでいるようでしたから。知らない遊び場に訪れた少年のようで、可愛らしいなと」
「む…君にはそう見えるのか。俺もまだまだだな」
「そんなこと。瞳が素直なのは、根が正直なのと同じです。それに私は嬉しいですよ。杏寿郎さんが、こんなふうに他の女性をお買いでないということですから」
「勿論だ。個人指名など、柚霧が初めてだからな」
「ふふ。それは他の子達に自慢しなくてはいけませんね」
緩く握る手で赤い唇を隠しながら、ほのかに笑う。
柚霧の穏やかな声を聴いているだけで、自然と無意識に構えていた緊張も解けてしまった。
途絶えることなく続く会話は、無理のない話題ですらすらと弾む。
会話は落ち着くというのに、目の前で遠慮なく晒されている女の肌が、視覚を刺激し欲を騒がせていく。
それはなんとも心地良くも刺激のある、楽しい時間だった。
(──ではないだろう!)
笑みを浮かべたまま間髪入れず脳内否定したのは、そんな浮足立った自分に喝を入れる為だ。
蝶よ花よと舞うような、泡沫のような時間を浸りに来た訳ではないと言うのに。
つい遊女との時間に魅了されてしまっていた。
「杏寿郎さん?」
「…すまん、つい…楽しんでしまった…」
「それは、大変良いことだと思いますが…」
思わずぺちりと片手で己の顔を覆う。
ぱちぱちと長い睫毛を瞬く柚霧に、杏寿郎は溜息で返した。
「君を見に来たというのに。俺の知らない、柚霧の顔を知りたいと思って」
「今、見ていますよ? 私の顔を」
「そういうことではないんだ」
「そういうことでは駄目なのですか?」
思わず手を離して顔を上げれば、即返される問いに声が詰まった。
「杏寿郎さんは、わかり合えなくてもわかり合おうとしたことが、大切だと。そう仰って下さいました」
「それは…そうだが。だからと言って、ただ心地良い時間に浸ってしまうのは如何なものかと…」
「駄目なのですか?」
否定はできなくとも肯定もできない。
顔を渋める杏寿郎に、柚霧は形の良い眉を僅かばかりに下げた。
「では、一つだけ」
「…む?」