第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「お茶を淹れますね」
「ああ、ありがとう」
道具箱から、慣れた様子で茶器を用意する。
茶を淹れてもらうことなど日常的にあった光景だ。
しかし袖を片手で掻き上げる仕草や、茶器を手にする指先一つにも、普段の蛍からは感じ取れない色を前に、思わずじっと見入ってしまう。
「どうぞ。…杏寿郎さん?」
「っ頂こう!」
差し出された湯呑みに、ぱちりとこちらを見て瞬く瞳。
見入り過ぎていたと素早く湯呑みを手にすれば、くすりと赤い唇が弧を描いた。
「杏寿郎さんの瞳は、お月様のようですね」
「月、か?」
「ええ。薄暗いこの部屋の中では、金の縁を描き光って見えます。太陽ほど目に強くはない、優しい光です」
「…そんなふうに例えられたのは、初めてかもしれないな」
炎の呼吸、炎柱という肩書きを持つ所以か、炎のような、太陽のようなと比喩されることは多々あった。
蛍も杏寿郎のことを、自分の陽だまりだと告げていた程だ。
温かく迎え入れてくれる場所だと。
「暗闇の中でも照らしてくれる、導(しるべ)のような光ですね」
それとは異なる言葉で告げる心は、本心か否か。
(いや…柚霧の言葉なのだろうな)
蛍ではない、柚霧のものだと思えば不思議とすんなりと呑み込めた。
「柚霧」
「はい」
呼べば当然の如く応える。
それが自身の名だと言うように。
演じ分けているのではない。
人間であった頃の彼女が、目の前にいるだけだ。
会えることのなかった、人として生きていた彼女が。
「…なんですか? またじっと見つめて」
「いや、すまん。君が柚霧だと思うと…とても貴重な時間を頂いていると感じて、つい」
「…ふふ」
「? 俺は可笑しなことを言ったか?」
「いいえ。そこまで思って頂けると、私もとても嬉しいです。杏寿郎さんとの時間を、私も噛み締めないといけませんね」
「やはり可笑しなことだと思っているだろう」
「そんなことはありません。可愛らしい御方だと、そう思っておりました」
「…む」
蛍に可愛いと告げられると、嬉しくも複雑な気分になっていたものだった。
しかし柚霧に優しく笑われると、何故だか頸の後ろがこそばゆくなる。