第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「それでは、ごゆっくり」
「ありがとう」
一礼して去っていく女中に礼を告げて、杏寿郎は通された部屋を見渡した。
(成程。俺達が寝泊まりしている部屋とは正反対という訳か)
鶴華の間と告げられた部屋は、就寝用の部屋とは方位が真逆に離れているようだった。
かと言って、食事や宴を催している部屋とも距離があるのか、賑やかな音は微かに聞こえてくる程度だ。
窓の外から見下ろす街並みは、蛍を見つけた廊下の街並みよりも小さく見える。
(お松殿は、良い部屋を用意してくれたのだな)
派手で賑やかな祭事から、一つ離れた所に在るような空間。
一目で良質な部屋だとわかる。
そして。
「…むぅ」
思わず目を止めたのは、自身の立つ座卓や茶器や座布団の敷かれた室内ではない。
その隣。襖のない隣部屋を区切るのは、立てられた障子。
寝所の間仕切りとして使用される、所謂〝ふすま障子〟である。
落ち着きのある流水紋で飾られたふすま障子の向こう側は、一変して艶やかな世界だった。
鶴の舞う掛け軸。細長い花瓶に飾られた、山茱萸(さんしゅゆ)の可愛らしい赤い実に、ススキ、黄菊の生け花。
ほのかな色を灯す紗綾型(さやがた)模様の上品な角形行灯。
それら高価そうな品よりも目につく、ぴたりと枕が二つ並べて敷かれている大きめの布団。
「本当に裏では身売りをしているのか…? この店は」
そう疑ってしまいそうになっても可笑しくはない。
当然のように用意された鮮やかな色彩の布団に、思わず口に出して呟いてしまった。
ごほん、と咳払いを一つ。
無言で元居た部屋に戻ると、座布団の上に胡坐を掻いて腰を落ち着かせた。
(俺は柚霧を買うとは言ったが、柚霧との時間を欲しただけだ。…いやしかし、身売りをしていたとわかって買い取った時点で、"そういう"流れになるのか…だがお松殿は、俺が柚霧自身を見たいという思いを汲んで話を合わせてくれたのだろう)
落ち着こうといつもの体制で腕を組んではみたものの、そわりと膝の頭が揺れる。