第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「あたいが冗談に乗るような性格だと思ってんのかい?」
「いえ。全く」
「だったら訊くんじゃないよ、そんな野暮ったいこと」
「いやあの、でも」
松風に腕を引かれるまま、もたもたと玄関を上がる。
それでもつい口を挟んでしまうのは、自分だけ置いてけぼりを喰らっているからだ。
「大体あの旦那は、真面目にあんたを買いに来てんだよ。身請けまでしたいって覚悟でね。それに応えず何が女郎だ」
「私は女郎じゃ──」
ない、とは言い切れなかった。
月房屋を出ていけたのは、その名を捨てて自らの足で踏み出したからではない。
男達に亡き者にされかけて、人の道理を外れてしまったからだ。
そんな過去の経緯だから、簡単には他人に吐き出せなくて。
そんな柚霧を、それでも杏寿郎は見ようとした。
(わかり合えなくても。わかり合おうと、してくれてるんだ)
思い切って、柚霧としての一歩踏み出した。
それに応えるように、杏寿郎も踏み出した結果なのだ。
ならば。
「あの…松風さん。私、何も持っていないんです」
「は? なんだい急に」
「月房屋を出て行った時に、全て置いてきてしまったから」
「…あんた」
「だから、お願いしてもいいですか」
足を止めた松風の目に映る、それは。
金魚のような、かつての遊女そのものだった。
「私を"柚霧"にして下さい」