第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「この有り金全部出してくれるってんなら、一夜どころか一ヵ月は女を買えちまうよ」
「そうか。では柚霧の今後を一生買いたい!」
「えっ」
「はんっ調子に乗るんじゃないよ! 身請け金にゃあ足りないねぇ! 柚霧をものにしたいならもっと大金積んで来な!!」
「ちょ、松風さんも」
「む…ならば時間は要するが、金を用意すればいいんだな?」
「杏寿郎も何言って…っそういうことに稼いだお金を使っちゃ」
「それか柚霧の心を落とすこったね。うちは見ての通り表向きは身売り屋じゃない。あの子が旦那に嫁いでもいいってんなら、身請け金は要求しないよ」
「そうか! では一先ず今宵の柚霧の時間を全て買わせてくれ!」
「よしきた」
「だから二人共何言って…っ」
「花子! この旦那を鶴華の間にお通ししな!」
「は、はい女将さんっ。どうぞ、履物はこちらへ」
「うむ!」
(駄目だ存在を完全に無視されてる…!)
とんとん拍子に進む会話に、いくら割り込もうとしても取り合って貰えない。
駆け付けた女中に案内されるまま、杏寿郎は廊下の奥へと消えてしまう。
一度も振り返らない様子は、完全に蛍の姿など見えていないかのようだ。
目隠しの布を握りしめたまま呆然と蛍が佇んでいると、ようやく松風と目が合った。
「何ぼさっと突っ立ってんだい。仕事だよ、柚霧」
「え……私が見えるんですか松風さん…」
「はぁ? 何アホなこと言ってんだい」
「いや、私は多分さっきからまともなこと言ってる気が」
「うだこだ言ってないであんたもさっさと準備しな。指名が入ったよ。一見だが銭をたんまり持った上客だ。精々愛嬌振り撒いて虜にして来るんだね」
「…松風さん、これなんの茶番ですか? 杏寿郎と口裏合わせてます? もしかし──わっ」
「ったく、煩い子だねぇ。そんな訳ないだろう! いいからさっさと用意する!」
それでも一向に動かない蛍に、痺れを切らした松風が強くその腕を引く。