第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「ようやくお戻りかい…って何やってんだいあんたら」
「すまない、戻りが遅くなってしまった!」
「それは別にいいけどさ。それより、なんで柚霧がそんな状況になってるんだって訊いて」
「お松殿!」
店に戻れば、玄関内で松風が二人の帰りを待っていた。
戻って来た二人に安堵しようとした直後、現れたのは杏寿郎に抱き上げられた目隠し状態の蛍だ。
何があったのかと、思わず顔を渋めてしまう。
そんな松風に構うことなく、杏寿郎は蛍を丁寧にその場に下ろすと、ずいと一歩前に踏み出した。
「今俺の手持ちは、これしかないのだが」
「なんだい。確かに店に銭を使ってくれと頼みはしたが、事が急なんじゃ…」
「頼みたいことがあるんだ」
「またかい? 今度は何を」
「柚霧という女性を今宵買いたい」
懐から革財布を取り出し告げる杏寿郎に、ぴたりと松風の口が止まる。
もたもたと後方で目隠しを外していた蛍も、驚きで目を見開いた。
「柚霧という名前しか知らないんだ。此処の女将が、彼女と顔見知りだと聞いた。ぜひ一夜、彼女を買わせて欲しい」
「き…杏」
「待ちな」
何を言い出すのかと蛍が口を挟もうとすれば、ぴしゃりと松風がそれを遮る。
「確かに柚霧を知ってはいるよ。だが一見さんにゃ会わせらんないね。名は売れてはいないが、それなりに腕のある子だ。客はひっきりなしさ」
「ならば女将の言い値で買おう」
「はんっそうは言っても幾ら出せるのやら──」
引っ手繰るようにして財布を手にした松風が、中を覗いた途端に目を剥く。
「あんた…何処のぼんぼんだい…」
「それは今回の長期任務に当たり、必要な額を支給して貰ったまで。決して怪しい金ではない!」
「とんだ高給取りだね…自分の仕事がやんなっちまうよ」
「それはすまない!」
鬼殺隊の中で"柱"となる者は給料に制限がない。
つまり希望しただけの額を給付されるのだ。
しかし柱の中には、その金で豪遊しようと思う者などいなかった。
杏寿郎もまたその一人であり、交通費や宿泊費、継子の育成費や生家の維持費など、状況に応じただけの額を頂いている。
それでも命を賭ける職場。
常人より高給なのは確かな事実である。