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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔



「面白い話じゃ、ないよ。暗いばかりで」

「そうか」

「聞いていて嫌になる、かも」

「成程。だがそういう感情で止めるくらいなら、俺は今此処にいない」

「っ…自虐は、嫌いだから…」

「うむ。知っている。君にとって簡単に吐き出せることではないことも十分わかっている。だからこれは俺の我儘だ」

「…聞いて…どう、するの? 私のこと…見る目が、変わった、ら…」

「──柚霧」


 そんなことあるはずはないと、言い切るのは簡単だ。
 そんなことあるはずもないと、杏寿郎自身も迷いなく思えた。

 蛍もそれは理解しているはずだ。
 幾度もこの想いを、心を、言葉に変えて伝え合ってきたのだから。

 しかし今目の前にいるのは、杏寿郎のよく知る蛍ではない。


「先程、お松殿に言われたんだ。俺と君とでは、生きてきた世界が違うと。故に違って当然だとも。…俺は己の体を商売道具にしたことはない。他者の色欲を食って金にしたこともない。柚霧の経験したことの一部だって、理解できないだろう。情報として仕入れることはできても、その感情を共有することはできない」

「……」

「だが、それでもいいと思えた。それでも君のことを知りたいと思った。俺が安心する為じゃない。君と、俺の為に」

「…私と…杏寿郎のため…?」


 杏寿郎と蛍の周りを行き交う、大勢の花街の人々。
 沢山の顔はあるのに、知っている者は一人もいない。
 出会う機会は星の数程あるというのに、その中で手を握る相手は、ほんの一握りなのだ。


「家族であっても他人であっても、一つの個。その全てを理解し得ることなどできない。…だから、誰かと共に歩もうとするのではないかと思うんだ」


 その一握りの相手として、この花街の中から見つけ出した。
 二つの名を持つ、一人の女性。


「わかり合えなくてもいい。わかり合おうとしたことが、大切なのではないかと」


 前だけを見ていた杏寿郎が、瞼を閉じる。
 見るべきものは、目の前の群衆にはない。
 今見ていたいものは、たった一人。
 心許なくとも恋しく思う、袖を引く小さな掌の主だけだ。

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