第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「月房屋は、私が働いていたお店なの。松平与助は、月房屋を回していた男達の一人」
この花街で上手く息ができなかったのは、息の仕方を忘れていたからではない。
何にも興味を持つことなく淡々と人形のように生きていたから、必要としなかっただけだ。
「ごめんなさい…すぐには、言えなくて」
頭の回転は常人よりも速い。
蛍が一つ一つ吐き出す度に、今までの経緯を杏寿郎は頭の中で結び付けた。
与助が菊葉を殺すに至った関係性も。
蛍が松風や東屋と繋がりがあった理由も。
ただ一つ。
(あの男は、蛍の人間を辞めさせた者だ)
与助と蛍。
どのような関係だったのかと思えば、同じ職場の雇う者と雇われる者。
男女の関係ではなかったことに安堵しながらも、杏寿郎は疑念を抱いた。
ただの雇い主が、蛍の人間を辞めさせるまでの者となるのだろうか。
そもそも何故、菊葉を毒殺するに至ったのか。
女達が金を稼ぐ為の駒ならば、その駒をわざわざ減らすようなことはしないはず。
蛍達をゴミ屑のように見ていたとは言っても、金を生む者を自らの手で失くしては本末転倒だ。
(いや。それよりも、まずは見るものがあるだろう)
頭の中を駆け巡る疑念を押し込めて、杏寿郎は深く息を繋いだ。
早急に答えを出そうとしてしまう己の性格を留める。
最初にすべきことは決まっていた。
「…柚霧、と言ったな。ありがとう。俺の下へと来てくれて」
袖にかかる引力が、くん、と僅かに揺らぐ。
「俺はもっと君のことが知りたい。君を君たらしめた、蛍を支えてくれた柚霧のことを知りたいんだ」
「……」
「話してくれないだろうか。ゆっくりでもいいから。君が進める、歩幅で」
「っ…」
背中に触れていた額の温もりが、不意に離れる。
俯き地面ばかり見ていた蛍の目が、揺らぐことのない焔色の髪を映し出した。