第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
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「…よかったのか?」
「ん?」
「姉君の塔婆を、置いてきてしまって」
「うん。いいの」
元来た道を戻る。
墓地を過ぎ街通りへと入っていけば、再び賑やかな世界が戻ってきた。
ゆっくりと踏みしめるように進む蛍の足取りは、いつも以上に緩やかだ。
それに合わせるように歩幅を縮めて進む杏寿郎は、東屋との別れ際から気に掛かっていたことを口にした。
遠目から見ていただけでは、やり取りの本質はわからない。
ただずっと大事に抱いていた姉の塔婆は、蛍の手により再び東屋へと返された。
そして、塚を中心に並ぶ塔婆の一つに混じり立つこととなったのだ。
「姉さんも私も一時的だったけど、確かに此処で生きていたから。その証を残しておきたいなって」
「…愛されていたのだな。君も姉君も、この街に」
「そうかな…それはちょっと、違うかも。東屋さんや松風さんみたいな、優しい人もいるけど…"こういう"街は、基本的に欲の塊ばかりだから」
華やかな街明かりを蛍の目がぼんやりと見つめる。
行き交う人も、飛び交う声も、どれもが派手で賑やかなものばかりだ。
しかしそれは虚勢を張るように飾り立てているだけで、本音で語り合う者などほとんどいない。
仮初の街だ。
(それでも、生きていた。姉さんも。松風さんも。東屋さんも──…私も)
身売りをしていた己のことを、恥じたことはないが誇れたことも一度もない。
そんな生き方しかできなかったのだ、仕方がないものだと呑み込んでいた。
"そういう"女が周りからどんな目で見られるかなんてよくわかっていたし、心構えもあった。
だから胸を張ることもなければ自嘲することもなかった。
ただただ慎ましく、己の胸の内にだけ秘めて生きていた。
(でも、見ていなかった)
吞み込んでいたつもりだった。
けれど目は逸らし続けていたのだと、あの塔婆達を前にして悟ったのだ。
板の一つ一つに名を記した者達は、真っ直ぐに"そういう"彼女達を見ていたというのに。
「……」
「…蛍?」
緩やかな足取りが止まる。
ぼんやりと蛍が見ているのは、客を呼ぶ女郎達だ。