第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「…あの旦那」
「え?」
「柚霧ちゃんにとって、大事な人なんだろう?」
「杏寿郎、ですか?」
「そう、それだ。柚霧ちゃんが、敬称を付けずに男の名前を呼ぶなんて初めて聞いたからなぁ」
「…あの人は…客では、ないから」
「客以外の男なら尚更、目移りなんてしなかった。それが柚霧ちゃんだ。…変わったんだな」
ぽふりと、優しく掌を頭に乗せる。
その掌と同様に優しい目で告げられて、蛍は視線を流した。
色香を纏うような流し目ではない。
辿々しく足元に落ちる視線は、照れを含むように。
それが答えだった。
(本当に、変わったんだな)
其処にいるのは、自分の知っている柚霧ではない。
ほんの少しの寂しさを感じれど、それ以上に熱い思いが心を満たしてくれる。
「さ、そろそろ戻るとするか。長居させちゃあ、体を冷やしちまう」
その心地を忘れないうちにと、蛍に笑顔で来た道を促す。
何よりあの男の梟のような目に、耐えきれる自信もない。
「…あの、東屋さん」
「なんだい?」
足を踏み出す、その前に。
蛍は意を決したように声を上げた。
「一つ、お願いしてもいいですか」