第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「…柚霧ちゃん…」
「え、と。あの。東屋、さん?」
「なんだよ、そんな顔できるんじゃねぇか…っ」
「いや。あの」
ぐ、と下唇を噛み締めたかと思うと、東屋の手がわしりと蛍の頭を掻き撫でる。
「おはぎにがっついてたあの顔も好きだけどよ。俺ァ今の柚霧ちゃんの顔も好きだなぁっ」
「おはぎって。まだ憶えてたんですか、そんな昔のことっ」
「おーよ! 忘れる訳ねぇだろ? 柚霧ちゃんだって憶えてんじゃねぇかっ」
「あれは偶々というか…っあの、いつまで頭掻き回すんですかっ」
「いいじゃねぇか、折角新しい柚霧ちゃんの顔見られたんだからよ。こう、娘を持つとこんな感じなの…か……」
「? 東屋さん?」
「…おう」
「?」
笑い声を上げながらわしゃわしゃと蛍の頭を掻き回していた東屋から、途端に威勢がなくなる。
乱れた髪の間からきょとんと見上げる蛍に、にこりと笑い返すと改めてその髪を手櫛で整えた。
「悪い悪い。つい調子に乗っちまってよ」
「別に調子になんか…お父さんって言うより、面倒見の良い叔父さんって感じですけどね。東屋さん」
「おじさん?」
「いえ叔父です。叔父、いないからよくわかんないですけど」
髪を直してもらう手に、どこかくすぐったそうに身を任せる。
蛍のそんな姿に、昔に置いてきた親心を掻き立てられるようだ。
(い、いかんいかん)
しかし平常心。と言い聞かせる。
原因は、目の前の蛍でも己の心でもなく。
(あの旦那の目、かっ開いてる様が怖ぇなァ…)
大分距離を取っているはずなのに、視線を感じる。
暗闇に光る梟のような目を持つ、後方で見守る蛍の連れた男だった。