第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「っ…見えます、か? 姉が…私の、なかに」
問いかけた声は、微かに震えてしまった。
「…生きて、って、言われたんです…姉に。貴女は、生きてって。だから、私…」
だから生きることを選んだ。
今生きている意味は、姉の為だけではない。
違うとはっきり言い切れる。
それでもあの時あの場所で、蛍を生かしたのは紛れもない姉の存在だった。
「…そうか…やっぱり、その場にいたんだな…」
肩を震わせ俯く蛍に、東屋もまた唇を噛み締めた。
菊葉の遺体は既に埋葬されていたが、現場は大量の血と肉片で溢れていた。
どの肉片が誰であるかなどわからない状態で、病気の菊葉が使用していたであろう布団も夥しい血に塗れ、引き裂かれていた。
故に菊葉の死はその場の発見者により決定付けられたのだ。
ただし妹の柚霧の死は確定できなかった。
そもそも柚霧はその夜、家にはいなかったはずだ。
月房屋でまだ働いていたであろう柚霧が何処へ消えたのか。
消息不明として取り扱われたのは、死を認めたくなかったからかもしれない。
懸命に姉の為に生きていた彼女が、その姉と共に無残に殺されたなど。
それでもその可能性は東屋の頭の片隅にはあった。
そしてまた、その光景通りの散々たる姉の死を、妹も見ていたのではないだろうかと。
姉の為に女郎の道を進んだ柚霧だ。
その姉が消えれば、柚霧として生きる意味はない。
「よく生きていてくれたなぁ…よく…ありがとうなぁ、柚霧ちゃん」
「…っ」
一言一言、思いを込めて告げる。
東屋の声に促されるように、耐えていた蛍の瞳に薄らと雫が滲んだ。
「ぁ…東屋さん、は優し過ぎますよ、ね。こんな、身内でもない姉妹を、そこまで思ってくれるなんて」
慌てて俯いたまま、掌でごしりと目尻を拭う。
涙を一滴でも見せまいとする姿は、東屋の目にかつての女郎を思い起こさせた。
花街の何にも目移りすることなく、ひたすらに前だけを向いて生きていた。
艶やかに差し込んだ紅がよく似合う、憂いの中にも芯を感じさせたあの女性を。