第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「あんな事件があった後だ。柚霧ちゃんも消えちまって…信じたくはなかったけどよ。でも、やっぱり菊葉ちゃんの後を追ったんだろうなぁと思ってた」
「……」
「柚霧ちゃんにとって、菊葉ちゃんは生きる意味そのものみたいだったからなぁ。それを失くしちゃ、生きていけねぇんじゃねぇかって」
声を静めて語る東屋の予想は、決して外れてなどいなかった。
姉を失った後暫くの記憶は残っていない。
義勇に姉の遺体を埋葬して貰ったところまでだ。
『此処で捨て置く訳にはいかない。お前は連れて行く』
思い返せば、義勇にそんなことを告げられたような気がする。
姉こそが生きる意味だった。
世界の全てだった。
その姉を失い、歩む道を絶たれた気がした。
何処へ進めばいいのかわからなくて、ただ目の前の男の言うことに従った。
何故自分は殺されないのか。
この男は何者なのか。
そんな疑問さえ浮かばなかった。
心を動かす大事な部品が、欠けてしまったような感覚。
故に感情は上手く回らなくて、ただただ虚無の時間を彷徨(さまよ)った。
「でも今、此処に柚霧ちゃんはいる。生きてくれている。数年ぶりにその顔を見た時に思ったんだよ。ああきっと菊葉ちゃんの為に、今の道を選んでくれたんだなって」
「…それ…は…」
「これでも俺ァ、長年二人のことを見てきたんだぜ? 柚霧ちゃんが何か大きな決心をする時は、いつも菊葉ちゃんを思ってのことだ。生きる道を選んでくれたのも、菊葉ちゃんの為だってことくらい、わかる」
「……」
「だから感謝しちまったよ。ありがとうな菊葉ちゃん。柚霧ちゃんとまた出会わせてくれて。ってな」
部品の欠けた心に、触れられたような気分だった。
姉を土台にして生きる道しか選べなかった。
そうでもしないと、自分の存在意義などたちまち潰れてしまいそうで。
だから都合よく縋った。
こうあるべきだったんだと言い聞かせた。
「柚霧ちゃんの中に菊葉ちゃんの魂がちゃんと残っているんだって、わかったからよ」
そんな思い全てを、肯定された気がしたから。
杏寿郎が認めてくれた時と同じようで違う。
姉のことも深く知っている彼は、それが当然だと笑うのだ。