第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「遊女ってのは身寄りがない者がほとんどだろ? お松っちゃんみたいに帰る場所がない者も多い。だからなのか、いつからか…此処で死んだ遊女達の為に、誰かが塔婆を立てていくようになった。始めた者が誰なのかはわからない。ただ、そいつの心はわかる気がする」
「死を悼む為、ですか…?」
「それも勿論あるだろうな。…けどよ。忘れたく、なかったんじゃねぇかなぁ」
最後の言葉は、感情を零すように。
東屋は小さな声で吐き出した。
「本当の名前も顔も、誰も知らない。抱いた男の記憶にしか残らない。だから立てていくんじゃねぇのかなぁと思ってよ。そういう生き方でも、ちゃんと此処に魂はあったんだ。ってさ」
(…魂)
死後、人の魂は果たして何処へ逝くのか。
死後の世界など考えたことはない。
姉の死後も、そんな世界に思いを馳せたりなどしなかった。
ただただ、姉と自分の命を奪ったこの世を恨んだ。
浄土など何処にもない。
地獄があるとするならば、それはこの世だ。
姉を殺し、喰らうしかなかったこの世こそが、浮世の地獄なのだと。
そう思い込んでいないと、息さえできない世の中だった。
(今は、違う)
塔婆の上から、胸に手を当てる。
息の仕方は教えてもらった。
声を出す方法も、思いの交え方も知った。
独りではない。
紡いだ声を拾ってもらい、交えた思いに応えてもらえたからだ。
陽だまりのような温もりを感じさせてくれる、彼の隣では自然と息ができた。
「ありがとうございます、東屋さん。姉を、姉の魂を、残そうとしてくれて」
頭を下げて感謝を告げる。
蛍のその姿に、東屋は照れ臭そうに手を顔の前で振った。
「いいっていいって、そんな畏まらなくたって。それに菊葉ちゃんの魂を残してるのは、柚霧ちゃんも同じだろ?」
「? 私は塔婆なんて作ってないですよ」
「じゃなくてさ。柚霧ちゃん自身が、此処に生きていることが、だ」