第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
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「ここは…」
「この花街の墓地さ。柚霧ちゃんは来たことがあるかい?」
「…いえ」
「そうだろうなぁ」
東屋に連れられて蛍が訪れた場所。
其処はひっそりと魂が眠る墓地だった。
頸を横に振れば、予想していた通りだと笑われる。
そんな無作法な者に見えていたのかと蛍が慌てて顔を俯かせれば、東屋は柔らかく目を細めた。
「柚霧ちゃんは、菊葉ちゃんのことだけ見ていただろ? この街のなーんにも目移りしねぇで、家族のことだけ見ていた。死人に興味を持たなくたって当然よ」
「……あの。東屋さん…なんで此処に、私を?」
思い返すように告げる東屋に、同調するのは気が引けて。蛍は腕の塔婆を抱き直すと、疑問を投げかけた。
姉の遺体はこの墓地にはない。
義勇の手で、家の近くに埋葬して貰ったのだから。
「姉さんの体は、此処には…」
「いるさ」
「え?」
「体はなくたって心はここにある。…皆そう願いたいから、そういうもんを残していく」
告げる東屋の目は、蛍の胸の中へと向いていた。
「塔婆、ですか?」
「そいつは俺が作ったもんだけどよ。こっち来てみな」
促されるままに足を進める。
幾つもの整頓された墓石を通り過ぎた墓地の奥。
其処には、弔う者の名を刻んだ墓石などない。
小さな苔の生えた塚を中心に、沢山の塔婆がひしめき合って立っていた。
「これは…」
「此処にあるのは、全部遊女の塔婆さ」
「!」
「菊葉ちゃんが亡くなったと風の噂で聞いた時に、それを作って俺も此処に立てた。柚霧ちゃんの消息は不明だったから、立てる勇気がなくてなぁ。それだけしか作れなかったんだけどよ」
「…これ…全部…?」
通り過ぎた墓石よりも、数多くの塔婆が立っている。
一つ一つは、雨で滲んでいたり、苔で覆われていたり、字もよく見えなくなっているものも多い。
杏寿郎の母──瑠火の墓とはまるで違う、手入れも行き届いていない、名を残す為だけのもの。
それでも、確かにそれは女達の死を悼む為のものだった。