第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
今もそうだ。
本当は、薄らと見えていた。
蛍が花街でどんな生き方をしていたのか。
過去の仕事を一度話してくれた時に思い浮かべた、茶店の娘などではないことも。
それでも問いかけなかったのは、視るべきものはそれではないと思ったからだ。
過去ばかりに囚われてはいけない。
自分が視るべき相手は、現在(いま)の蛍なのだからと。
(線を引いていたのは、俺の方だ)
蛍の心の内側に入れて欲しくて、踏み込んだというのに。
そうしている意識はなかったが、無意識に柚霧を切り離して見ていた。
〝蛍の過去〟には興味があったが、そこに彼女の面影を入れてはいなかった。
だから松風の言う伏せられていた彼女の顔が浮き彫りになるのを見て、胸が騒いだのか。
「…不甲斐ない」
拳を握る。
踏み込むだけ踏み込んで。ようやく蛍が見せてくれたもう一人の顔を、不安要素として捉えてしまった。
柚霧もまた蛍であることに変わりはないというのに。
「彼女のことを話してくれて、ありがとう」
「よしとくれよ。礼が欲しくて言った訳じゃない」
深々と頭下げれば、松風は煙たがった。
「それでも、お松殿のお陰で目が冴えた。礼を言わせてくれ」
「本当、しつこいねぇ旦那も。そんなに礼をしたいってんなら、店に銭を使ってくれりゃあいいさ。どうせ明日の朝もたんまり食べるんだろう?」
「うむ。お松殿の店の料理はどれも美味いからな。朝餉も期待しよう!」
「そりゃあ結構なことだけどさ。こんな所で大きな声を出さないでおくれよ」
本来の自分を取り戻したかのように、快活な声を飛ばす。
夜遅くということもあってか、細い眉を顰めて辺りを見渡す松風に、杏寿郎は眉一つ動かさず尚笑った。
「よもやお松殿はこういう場所が苦手なのか? 蛍と一緒だな」
「苦手も何も、好んでこんな時間帯に来る奴なんてそういないだろうよ」
星空は見えているものの、周りの林は鬱蒼(うっそう)と闇を抱えている。
微かな虫の鳴き声以外、人の気配はない。
暗闇に浮かぶ幾つもの塚は、一つ一つに意味を成す。
此処は、幾重もの魂が眠る場所。
「こんな墓場にさ」