第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
言い返す言葉が見つからない。
沈黙を作る杏寿郎に、松風は暗い空気を纏うこともなく淡々と息を吐いた。
「貧困だ裕福だと主張する気はないよ。ただ、あの子と旦那の生きてきた世界は違う。見てきた景色も、味わったものだって違う。そりゃあ考え方や捉え方が色々と違ったって当たり前さね」
「…だから、知りたいのだと」
「旦那は一本筋の通った御方だ。柚霧のこととなると馬鹿なことも言うけどね。大概口にするのはどれも真っ当なことだ。…そんなふうに胸を張って生きていける人は早々いない。少なくとも、この花街の人間は」
「蛍も、そうだと?」
「どうだろうねぇ。ただ、あたいやあの子には眩しく映るんだろうねぇ。旦那みたいな人はさ。自分にはできなかった生き方だから」
杏寿郎を見る松風の目が、細まる。
苦みを残すような笑みを浮かべて。
鬼殺隊内で向けられたような、尊敬や崇拝の目とは違う。
対峙する鬼に向けられたような、嫌悪や畏怖の目とも違う。
ただ、哀愁が少しだけ混じる苦いものなのだ。
「あの子が謝るのは、癖みたいなもんだよ。こういう場所では女は常に踏み台さ。余程名のある花魁にでもならない限り、下っ端は下っ端のまま。いつも誰かの顔色を伺って生きていかなきゃいけない。…だから安心しな。旦那に対してだけ、向けてるもんじゃあない」
「…何故そこまで話してくれるんだ?」
蛍のことを知りたいのだと。そう一度尋ねた時は、あっさりと断られたというのに。
「旦那が今見ているあの子の顔は、柚霧だからさ。蛍なんて子、あたいは知らないからねぇ」
なんのことだかと、松風は知らぬ顔で肩を竦めた。
「旦那にとって蛍が真の姿に見えているんなら、あたいには柚霧があの子なんだよ。そりゃあ久しぶりに会って知らない顔も沢山見たけどさ…それでも面と向かえばわかる。あの子は柚霧だ」
女郎のように派手な化粧も身形もしていなかった松風を、一目で当てた蛍と同じことだ。
向き合えばわかる。
狭い狭い折の中で、金魚のように与えられる餌だけを口にして共に生きていたからこそ。