第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
蛍と東屋を少し離れた所から見守る杏寿郎は、その空気に踏み込む気はなかった。
上弦の鬼を危険視する為に同行したのだ。
蛍が柚霧であった頃の心を、思いを、邪魔する気はない。
隣に並ぶ松風も、その思いは同じなのだろう。
「世辞ではないぞ、本心だ。蛍を案じてくれて、ありがとう」
真っ直ぐに目を向けて礼を言えば、松風が顔を歪めてそれを受け止める。
「しつこいねぇ、あんたも」
「はは。己の本心をわざわざ曲げる必要などないだろう? お松殿には本当に感謝している。先程言った野暮なことも、俺にはそうは思えなかった。…寧ろ声をかけてもらえてよかったかもしれないな」
「へえ。それも本心ってのかい?」
「…俺は蛍に謝らせてばかりだからな」
口元に笑みは残すものの、太い眉尻が下がる。
謝らせたい訳ではないのに。
ただ言葉を交わしたいだけなのだ。
それでも歩み寄りたいと口にしたことは、蛍を責めてしまっていたのだろうか。
「……煉獄、って言ったかい」
「む? ああ」
「煉獄の旦那。あんた、見たところ良家の出だろう。このご時世に刀なんて持ち歩いているなら、武士の出かい?」
「俺は武家出身ではないが、等しく刀を魂とする家系だ。良家と呼べるかはわからないが…」
「その家に屋根はあるのかい?」
「屋根?」
「雨漏りなんてしない、家ん中を守ってくれるちゃんとした屋根さ。食事は? 毎日三食取れるのかい。寒さを凌げる布団は? 清潔な服を毎日着られるかい? 学問や教養を身に付ける術はあったのかい」
淡々とだが間を置くことなく問いかける松風に、杏寿郎は口を閉じた。
応えはしなかったが、それが答えだった。
「旦那の所作や物腰を見ていればわかるよ。あたいや柚霧なんかがおいそれと触れていい人じゃあないねぇ」
「そんなことはない。触れるか触れるまいか、決めるのは世間ではない。俺自身だ」
「そうさ。旦那は自分の意思でそれを決められる。望むものを望むと言える。だけどあたい達はそうじゃなかった。そんな選択肢なんて、ハナからなかったのさ」
「……」
「米を一口食らう為だけに、地べたを這いつくばったことはあるかい?」