第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
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「お松殿は、蛍を思ってくれているのだな」
「はぁ? なんだい藪から棒に」
「でなければ今此処にいないだろう」
賑やかな花街の通りを過ぎ去った、一角。
点々と瞬く星光が増えた夜空を見上げて、それから静かに横に目を向ける。
杏寿郎の目に、顔を歪めて嫌悪する松風が映り込んだ。
見せたいものがあると告げた、東屋に連れられて訪れた場所だった。
彼が連れて行きたかったのは蛍だけだ。
蛍の同行を申し出た杏寿郎に続き、意外にも松風もついて行くと意思表示をしたのだ。
菊葉のことなら自分も関りがあったからと言っていたが、それが真意でないことを杏寿郎は薄々感じていた。
「蛍の姉君のことだけではない。蛍自身にも、目を向けてくれている」
「そんな綺麗事じゃないよ。野暮なことしちまった責任取りさ」
「ふむ。野暮とは?」
問う杏寿郎から顔を背けるようにして、松風が声を潜める。
「…あんな会話、宿屋の廊下なんかでするもんじゃないよ」
東屋と蛍。二人の姿を後方で見守っていた杏寿郎は、その視線を足元へと伏せた。
全てとはいかないだろうが、松風に廊下で蛍と生んだぎこちない空気を知られてしまったのだろう。
この場について来るくらい、見過ごせない程には。
「…そうだな」
松風にとっては野暮なことだとしても、杏寿郎の目にはそうは映らなかった。
東屋から預かった塔婆を意の一番に届けようとしたことも、廊下で割り入むように声をかけたことも、全ては蛍の為を思えば繋がる行為だ。
「やはりお松殿は、優しい人だ」
冷えた夜の秋風が、音もなく頬を撫でる。
「よしとくれ。世辞なんて一銭にもなりゃしないよ」
ひっそりと静まり返るこの場の空気は、呟くような松風の声も拾い届けた。