第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「ご、めん。やっぱり、大丈夫。飢餓くらいなら一日我慢できるから。こんな時に、こんな所で、ごめんね」
「…蛍。そういうことは気にしなくていい。食事を取ることに、我慢をする理由がどこにある? 遠慮などするな」
「そうじゃないの(そういうことじゃなくて、)」
染められないのだ。
上書きして欲しいと願ったが、この体に付着した汚いもので杏寿郎を染めてしまいたくはないと思った。
大切だから、汚したくはない。
「なら何故気を遣う。他の誰にしても構わないが、俺の前では遠慮などするな」
「遠慮じゃ、ないよ。私がそうしたいだけ。千くんがもし起きて、杏寿郎がいなかったら心配するでしょ。天元だって見張りをしてくれているのに…」
「今、此処で、千寿郎と宇髄は関係ない」
離された手を繋ぎ止めるように、杏寿郎が手首を掴む。
「俺と蛍の話だ。余所見をするな」
「っ」
その手は強く、振り払えなかった。
貫くような双眸が逃がそうとしない。
「飢餓中の君に糧を与えていたと話しても、理解できない二人だと思うか? それくらい十分、千寿郎達も心得ている。二人を言い訳にするな」
"言い訳"と告げられて、まるで頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
杏寿郎を都合の良い理由にしたくないから、断りを入れようとしたものを。
結果、千寿郎達を都合良く使おうとしてしまった。
「っ…ごめ、なさ」
「謝るな」
思った以上に声は震えてしまった。
それでも頭を下げようとすれば、ぴしゃりと杏寿郎に止められる。
「謝って欲しい訳じゃない」
眉間に皺を刻みながら、杏寿郎は奥歯を噛み締めた。
(だから謝らせてどうする。そういうことじゃない)
蛍は意味もなく他人を振り回すようなことはしない。
今までだって、任務先では一度も色欲など求めなかった。
それでもこの場で精を求めたのは、それだけの理由があるからだ。