第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「派手な身形と等しく、覚悟も潔さも派手に立派な男だ。偶にしつこい時もあるがな。彼とは話していて気持ちがいい」
「……」
「だから蛍が満たされるまでつき合──…?」
歩みを進めていた杏寿郎の足が、かくんと不自然に止まる。
振り返れば、握った手はそのままに蛍が歩みを止めていた。
「蛍?」
「……」
握った手は離さない。
離したくはない。
しかしこれでいいのかと、自問自答してしまう。
(杏寿郎も天元も、純粋に私を心配してくれているのに)
飢餓が出たなどと嘘をついて。
本当の目的はもっと、どろどろしたものだというのに。
彼らの優しい心を、利用してしまっていいのかと。
(相手が鬼だっただけで…本を正せば、好きでもない男に抱かれることなんて)
人間の頃に腐る程してきたことだ。
流れ作業のように抱かれて、奉仕し、欲望を飲み込んだ。
今回の童磨に対する感情も、柚霧であれば流せていたかもしれない。
それができなくなってしまった理由は、わかっていた。
「どうした。症状が悪化したのか?」
掌から伝わる温もりのこの存在が、いてくれるからだ。
あたたかいものを知った。
どうしようもなく切なくて、泣きたくなる程嬉しくて。
幸せとはこういうものを言うのだと、初めて見つけられた自分だけの陽だまりだ。
だからこそ足は止まってしまう。
(いいの? 私のこんな感情で、杏寿郎を利用して。嘘をついて、優しさに甘えて。私の汚いもので、このひとを汚すなんて)
どろりと、汚く黒ずんだものが自分の体には纏わり付いている。
鬼である頃より、もっとずっと前から。
男女の私利私欲に塗れた欲望。
それは童磨が快楽の為に、好き勝手に体を蹂躙してきたものと同じだ。
柚霧の時からこの体に沈殿して、染め上げている。
それらが腕を伝い、手首を這い、指先を越えて杏寿郎にも伝染していくようで。
「蛍…?」
「…っ」
握った手を咄嗟に離した。
呆けたような、驚いたような、見開く炎の双眸と視線が重なる。