第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
確かにそういう約束事はした。
しかし杏寿郎の思いの方が主軸で、そこに蛍が流されているような印象しかなかった。
だからゆっくりいこうと思っていたのに。
(よもや、まさか。空耳か? いや違う)
思わず何度も脳内再生してしまう。
先程の蛍の言葉を。
「はしたない、よね。ごめ」
「そんなことは」
かかか、と更に赤く染まる。
縮こまるように俯いて謝罪を口にする蛍に、皆まで言わせず遮った。
(謝らせてどうする)
蛍にとって精を受けることは食事と同じだ。
夕食時、あんなにも沢山の馳走を前に一つも口にできなかった彼女にとって、一滴の人の体液がどんなに枯らした喉を潤すものか。
「ならば場所を変えよう。此処では誰に見られるともわからない」
「ぁ、」
切り替えると、杏寿郎の行動は速かった。
改めてくしゃくしゃの浴衣を抱え直し、蛍の手を握る。
「何より君のその姿を誰にも見せたくないからな」
「っ」
つい、と上がる蛍の顔。
頬を花のように染め、唇を艶やかに濡らし、揺れる瞳は儚げに魅せる風鈴のように。
例え飢餓が理由でなくとも、そんな姿を前にして断る理由など一つもない。
「蛍が望むならいくらでもこの身を与えよう。だから俺にもくれないか」
「ぇ…」
「蛍が構わないなら。甘く香るその蜜を、俺にも味わせて欲しい」
「甘…っ? そんな香り、どこにも」
「香るぞ?」
「えっ」
思わずすんすんと自分の頸回りや浴衣の袖の中へと鼻を鳴らす蛍に、杏寿郎は笑った。
自分にしかわからない匂いなのだ。
鬼の嗅覚でも嗅ぎ取れないだろう。
愛おしいと想いを膨らませて抱く間際に、感じる甘い誘惑は。
「さて、場所はどうするか。宇髄に時間は気にするなと言われているし」
「そうなの?」
「うむ。彼も蛍の身を案じてくれていた。だから見張りは構わず、君をちゃんと見て来いと釘を刺されたんだ」
「…天元が…」