第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「……」
「蛍?」
俯く蛍の姿勢に、杏寿郎の手が自然と伸びる。
触れるか触れまいか。
そっと伺うように二の腕へと手を添えた。
「…随分とくしゃくしゃだな。防寒の為に持ってきても、着衣しなければ意味はないぞ」
「うん。やっぱり、あんまり寒くないかなって。…鬼だし」
「だとしても、顔色はよくない。これを着るといい」
「でも、それじゃ杏寿郎が」
「俺も生憎寒くはないし、この通り君より血色も良い」
着ていた茶羽織を脱いで、蛍の肩へと羽織らせる。
男物の為にすっぽりと足元まで包まれてしまう姿に、くすりと口元を緩ませた。
「ふっ、」
「?」
「いや。君はすぐ服に着られてしまうなと思って。炎柱の羽織も、父上の羽織も。簡単に君を食っていたなと」
「それは…まぁ、体格が違うもんね」
「うむ」
どんなふうに見えるのか、と。そわそわと自分の姿を角度を変えて見下ろす。
そんな仕草に杏寿郎は口元を緩めたまま、さらりと蛍の髪を手の甲で掬い、着せた羽織の背へと流した。
「なんだろうな。随分と愛らしいものだなぁと思う。そんな些細な身形を見ているだけで、何故だか心の内側が温かくなるんだ」
「そ…う?」
「いやはや、君の血鬼術だろうか」
柔く細まる、目尻の睫毛が跳ねた二つの瞳。
なんとも優しく、同時に少年のような純粋な眩さも感じる。
「太刀打ちできそうにもない」
刀を握った手首の一捻りだけで、鬼の頸をも落としてしまう。
そんな彼が、柔い表情(かお)で参ったと告げる。
些細なことなのだ。
杏寿郎の言うように、そんな些細な姿で蛍も内側に宿る温もりを知る。
まるで伝染するかのように。
胸の奥が切ないような、嬉しいような、愛らしい悲鳴を上げてしまう。
「…杏寿郎」
「ん?」
足首に纏わり付いていた、嫌な冷寒は感じなかった。
「あのね、私…」
「うん」
それよりも胸の内に宿る温もりが、心地良くて。
「……お腹が、空いて」
「腹が?」
杏寿郎の着流しの裾を握る。
言い難そうに言葉を閊(つっか)えながら、蛍は想いを吐露した。
「杏寿郎が…欲しい、の」