第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
つい、と徐に蛍が何かを指差した。
「──あか」
薄らと開いた口から発せられたのは、色の名称。
「青。黄。…緑」
一つ一つ、何かを指差しながら色を紡いでいく。
それは杏寿郎が今まで見たことのない姿だった。
(そういえば、蛍は〝色〟が視えると)
初任務の伏見稲荷大社で告げられたことを思い出す。
蛍の目には、人の宿す〝色〟が視えるのだ。
それは一つ一つ、異なる色を持っているらしい。
だとすれば、指差しているのは誰かの色なのか。
虚ろな目で、淡々と呟く声には覇気がない。
その目がさ迷うように窓の外を行き交い、僅かに身を乗り出した。
「…黒」
ぽつりと、落ちる──
「ッ!」
その声が、掻き消えてしまう前に。
気付けば指差す手首を握っていた。
「……ぇ」
一瞬の出来事だった。
杏寿郎自身も無意識のうちに、蛍の前に姿を現していた。
虚ろだった目が、握られた手首と杏寿郎を見て大きく見開く。
同時に、杏寿郎もはっとした。
「す、まん…ッつい、」
「…杏、寿郎…?」
謝りはするが、掴んだ手首は離さない。
離してしまえば、消えてしまいそうな気がした。
儚いその声と同様に、煌びやかな光の中に吞み込まれてしまうような。
「どうして…」
困惑気味に見ていた蛍もまた、状況を吞み込めたのか目を瞬くと慌てて頭を下げた。
「ご、ごめん。勝手に部屋を出て。もしかして、起こした?」
「…いや。俺が眠れていなかっただけだ。別部屋の男の見張りの件もあったからな」
鬼であるからこそ自分の行動が、どのように他人に迷惑をかけるのか蛍はよく知っている。
だから無闇に身勝手な行動などしない。
それでも手を伸ばし、足を向け、口を開くのは、何かしら意味があるからだ。
「だからそんなに謝るな。悪いことなどしていないだろう」
上弦の弐の鬼と出会った後も、杏寿郎と再会して真っ先に蛍が示したのは謝罪だった。
もしかしたらその体に、傷を負ったかもしれないと言うのに。
泣きつきも助けを求めもせずに、己の身より先に周りへと目を向けたのだ。