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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔



 松風が経営する宿屋。
 身売り屋がひしめき合う花街で敷地を大きく構えられるはずもなく、そこまで広くはない。

 故にその姿は、程なくして見つけられた。

 夜更けであっても、花街ならば活気賑わう時間帯。
 それはこの宿屋も例外ではなく、足休めや舞妓に会いに来る客が絶たない。
 松風は女将として常連客に挨拶をしたり、女中に支持を出したりと慌ただしく働いている。
 蛍と二人で話をしている訳ではないことは、すぐにわかった。

 その後、人気のない場所を優先的に捜していた杏寿郎の足が止まったのは、ガラス張りの大きな窓が並ぶ一本の廊下。
 大きく開いた開放的な窓から外を眺める蛍が、其処に立っていたからだ。

 すぐに声をかけようとして、足を止めてしまったのは天元との先程の会話もあった。
 もしかしたら蛍は、一人になりたくて部屋を出たのかもしれない。

 蛍の性格上、理由がなければ軽率に危険に身を投じるようなことはしない。
 己の立場も役割も十分理解している為、一人で勝手に宿の外に出るようなことはしないだろう。

 それでも部屋を出たのは、何かしら思う心があったのかもしれない。
 それを無暗に引っ掻き回したい訳ではないのだ。


(…よかった。一先ず安心か)


 蛍が無事なら、それでいい。
 ほ、と届かないように静かな吐息をつきながら、杏寿郎は曲がり角の壁に背を付けて身を隠した。

 それこそ天元の言う番犬のような役割となってしまうが、問題がないなら隠れて見守り、部屋に戻るのを待つとしよう。
 そう、そっと僅かに視界で把握できるだけの角度で蛍を盗み見た。


「……」


 蛍はただ静かに、じっと窓の外を見つめていた。
 見下ろしているのは華やかな花街の風景だ。

 なんの意図で持ってきていたのか、くしゃくしゃの浴衣や茶羽織を抱えたまま。
 その目は虚ろに外へと向けられていた。


(顔色が悪そうだ。何かあったのか?)


 距離がある為、薄暗い廊下ではいまいち把握できない。
 それでも蛍の横顔は、外の暖色の明かりに照らされていても尚、青白く浮き上がって見えた。

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