第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
全てを悟り上手く立ち回っていたつもりだったが、杏寿郎と蛍の間には天元の知らない軌跡があった。
一筋や二筋の細い軌跡ではない。
幾度も躓き、時に転び、その度に立ち上がり歩んできたような道だ。
思わず、目を細めて見てしまう程に。
「…派手に言うじゃねぇか。惚気かよ」
「む。そういう訳では」
「あーハイハイ。そういう無自覚なもんが一番面倒なんだよ。いいからもうさっさと行け」
せめてもの抵抗にと悪態をつきながら、追い払うように片手を振る。
「いいのか?」
「お前だから許してやる。見張りも俺一人で十分事足りる。その代わり時間なんかに構わず、蛍のことをちゃんと見てこい。それだけの啖呵切ったからにはな。シケた面させて戻って来たら承知しねぇぞ」
「! そうか、ありがとうっ」
目くじらを立てているというのに、相手は気持ち良いくらいの清々しい笑顔。
深々と一礼して「恩に着る!」と告げると、既にその身は廊下の先へと向かっていた。
「速っ」
柱最速の足を持つ天元も、一目置くような切り替えと足並みの速さだ。
もやつくような感情を抱えたというのに、それすら吹き飛ばしてしまう程の勢いに目を丸くした。
ぽかんと見送る顔が、ふと緩む。
(まさか煉獄相手に嫉妬なんざする日がくるとはなぁ)
一瞬なんの感情かと疑問は抱いたが、それがわからない程幼稚でも初心でもない。
まさか異性絡みでそんな感情を、彼に抱く日がこようとは。
「…ははっ」
感心にも似た思いでしみじみ実感しながら、つい笑ってしまった。
(ガチの恋敵じゃないのが幸いだったか)
「俺と君とは違う」
そう告げた杏寿郎には、大いに賛成だと思えた。
「俺はお前みたいになれねぇからな」