第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「だからなんとなくわかるんだよ。"こういう時"、どうすべきか」
雛鶴、まきを、須磨。
三人の妻達だって、一人ずつそのケアは違う。
そんな繊細な女の事情に、深く知り得ない者は、おいそれとは踏み込めない。
「俺と君とが違うか…ふむ。そうだな。確かにそうだ。俺と蛍が違う。それも納得できる」
天元の言葉の裏を読んでか読まずか。一つ一つ、杏寿郎は悟るように頷いた。
「だが君と蛍が似ているかと言われれば、納得し兼ねるな」
「そりゃお前の主観で言えば」
「蛍は派手派手しいものを好んではいないし、なんにでも祭事に結びつけはしない。河豚が好物ではないし忍獣を従えてもいないしそもそも忍の出ではない!」
「おいおい待て待て。似てる似てない以前にそれまんま俺だろ。そういう話じゃ」
「更には三人もの異性を一度に抱える程の懐の広さを持っている訳でもない。既に確立している自分の世界を、尊ぶべき命の為に捨てるという勇気もな」
「……」
「だから君と蛍は似ていない」
譲らない炎のような双眸は、決して睨んでなどいなかった。
口角を上げ深い笑みを作り出す表情は、見慣れているようで知らない顔のようにも見える。
「そして君の知らない蛍のことも、俺は知っている。感情を抑えられない程の喜びを抱えた時。おいそれと口にはできない痛みを抱えた時。蛍がどんな表情(かお)をするのか、君は知らないだろう?」
反論はできなかった。
今告げられた蛍がどんな表情を浮かべるのか、咄嗟にでも想像できなかったからだ。
それと同時に、心の奥底にもやもやと暗雲のようなものが渦巻く。
(……もや?)
知らない杏寿郎の顔を前にして、知らない己の感情の片鱗に触れたかのようで。
天元の眉が怪訝に潜まる。
「それを俺は知っている。だから行くんだ」
はっきりと言い切るその顔は、清々しい程に優しい笑みだった。
知らないだろうと告げるその男の顔こそ知らないもので、自分との立ち位置を思い知らされたようだった。
おいそれとは踏み込めない蛍の繊細な部分に触れる事情だったとしても、きっとそれができるのだ。
杏寿郎ならば。