第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
常日頃浮かべている笑みも快活な声もなく、淡々と問いかけてくる。
その真っ直ぐな視線と思いを受け止めて、まじまじと天元は見返した。
「真面目かよ」
「無論至極真面目だがっ?」
「あいや悪い。つい」
思わず天元が突っ込めば、小声ながらも不満の声を荒げる。
むすりと不満を露わにしつつ、杏寿郎は手にしていた日輪刀を帯へと差し込んだ。
「兎に角、俺は行く。この花街では蛍から目は離せない。例の上弦の鬼が戻って来ないとも限らないんだ」
「だからって番犬みたいに張り付くのか?」
「俺とてそこまで野暮ではない。様子を見るだけだ。本当にお松殿と話でもしているのであれば、邪魔をする気はない」
「あ、意外と考えてんのね」
「さっきから合間合間に失礼だなっ!?」
「悪い悪い。つい」
ひらひらと片手を振りながら、悪びれた様子もなく告げる。
飄々とした天元の顔に、ふと柔さが滲んだ。
(こいつはこいつなりに考えてたな、そういや)
おぼこ囮作戦の間に、真面目に交わした言葉は多くはない。
しかし天元の知らなかった杏寿郎の顔を見たのは確かだった。
近付けるところまで近付いて、辛抱強く蛍の歩みを待つと。
そう一度決めた杏寿郎の姿勢は、堅実なまでに変わってはいない。
「なぁ煉獄よ。俺の一番大事なもん何か知ってるか?」
「なんだ急に…奥方達だろう」
「ああそうだ。命の順序だって女房達が一番上。俺なんか三の次でいい」
「…三の次か」
「だからお前の思いもわかる。それを否定するつもりもない」
ただ、それでもつい止めてしまったのは、知ってしまったからだ。
「俺だってあいつらに命の危険が迫れば、番犬にもなるわな。…だが俺とお前とじゃ違う」
忍の世界で生きてきた。
死と隣り合わせの過酷な修行を幼少期から強いられる。
故に姉弟は九人いたが、齢(よわい)二桁にも満たないうちに三人死んだ。
残った六人は、強い子供を残すという常軌を逸した父親の考えの下、殺し合いをさせられた。
そんな過酷な世界は天元だけでなく、くノ一である雛鶴、まきを、須磨も同等だった。