第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
肉を、筋を、骨を断ち切る痛みならもう知っている。
大量の血を一度に失い、眩暈と頭痛を起こす辛さも。
藤の花の鱗粉で体を溶かす、声にならない激痛も。
皮膚が凝固し指先一つ動かせない、全身火傷の耐え難い苦痛も。
「ふぅ…ふぅ…っ」
全部、ぜんぶ、知っている。
それくらいなんだ。
(痛みくらい…ッ!)
斧を勢いよく振り上げる。
反射で瞑ってしまいそうになる両目を、こめかみに力を入れて見開いたまま。
「ッ──!」
一直線に、振り下ろした。
「…すぅ…」
深い寝息を耳に、暗闇の中で開眼している双眸。
その目が、隣の寝息の主の様子を伺う。
すぅすぅと小さな胸を上下させる少年は、心地良さそうな眠りについている。
深い眠りは疲れもあるが、心は多幸感でいっぱいなのだろう。
いつも以上に穏やかに見える弟の寝顔に、杏寿郎は口元を緩めた。
そっと音もなく身を起こす。
枕元に畳んで置いていた茶羽織と日輪刀を手にすると、廊下へと向かった。