第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
とくん、とくんと。
胸の前で握った掌に、伝わる自身の心音。
(…杏寿郎…)
布団の中で横に寝そべったまま、体を小さく丸める。
折り畳んだ膝を抱いて、ただ一人彼を想った。
眠りにつくことはできなくても、心を向けていられる相手がいるならば。
そっと目を閉じて、穏やかな暗闇に浸ることができた。
徐に手が、ひんやりとしたものに触れた。
「──っ」
見なくても、すぐに足首に巻かれた童磨のリボンだと気付く。
ただのリボンではなくなったそれは、童磨が見せた氷のようにひんやりと冷たい。
意識すれば足首からも直に伝わってくる。
まるで、あの出来事を忘れるなと言うかのように。
「……」
のそりと布団の上で身を起こす。
暗い部屋でもわかる、鮮やかな虹色に輝く美しいリボン。
なのに悍(おぞ)ましいものにしか見えなくて、顔を歪めた。
童磨が去った後、身形を綺麗にする間に何度もリボンを外そうと試みた。
しかしどんなに力任せに引き千切ろうとしても、鋭い爪で斬り裂こうとしても、傷一つ付かなかったのだ。
傷付くのは己の足首ばかりで、リボンは恨めしい程の鮮やかさできらきらと輝いていた。
「…っ」
見た目の束縛以上に、心に巣食おうとする何かを感じて。
気付けば部屋にある予備の浴衣へと手を伸ばしていた。
(──此処、なら)
走った訳でもないのに、はぁと息が切れた。
腕に予備の浴衣一式を強く抱いて、蛍が踏み込んだのは宿屋の一角。
隣で寝ているのは柱の実力を持つ二人。
気付かれないように気配を殺して、そっと部屋を出た蛍が辿り着いたのが此処だった。
宿泊用の部屋から離れ、浴場や厠も近くにはない。
長い廊下の突き当たり。
流し台の付いた従業員用の掃除用具置き場を見つけて、滑り込んだ。
(助かった。水が使える)
辺りに人気がないことを確認して、流し台の前で持ってきていた茶羽織を広げた。
その上に座り込むと、着ていた浴衣を捲り上げる。