第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
童磨の存在が寝付かせない訳ではない。
鬼は元々、睡眠は欲しないのだ。
(そっか。必要ないから…今まで眠れてた方が可笑しかったのかな…)
義勇に教えてもらった一般的な鬼の特徴の一つ。
なら何故自分は眠りに落ちることができるのか。
それを悟ったのも、今のように布団の中で温もりに包まれていた時だった。
藤の檻の中では、眠れたとしても浅いものが多くてすぐに目を覚ましていた。
柱会で皆で炬燵を囲んだ時でさえ。
初めて檻の中でも深い眠りに浸れたのは、その腕の温もりに抱かれた時だ。
(…杏寿郎が、いてくれたから)
その腕に包まれて眠ると、人のように睡眠を欲せた。
優しい微睡みに落ちることができた。
『…起きたか』
『へっ?』
『おはよう彩千代少女』
継子であった蜜璃の過去話を聞いているうちに、丸くなって眠ってしまっていた。
その太く大きな腕の中で目覚め一番に見たのは、少し照れ臭そうに笑う顔だった。
あの時は気付かなかったが、鬼となって以来誰かの腕に抱かれて眠れたのは初めてだった。
寝落ちた瞬間も憶えていない程に。
「……あ。(もしかして)」
思わず小さな声が漏れる。
はた、と気付いた。
『初めての時もそうだったよね。杏寿郎、なんにも言わずに急に顔を近付けるから』
『そうだったな。だがあれは蛍の寝顔があまりに目を惹いて』
『寝顔?』
煉獄家で水遊びをした際に、杏寿郎がぽろりと漏らしていた不可解なこと。
蛍にとって杏寿郎との初めての接吻は、想いを初めて交わした菖蒲の花畑の中だったが、杏寿郎は違った。
それが初めてではないとなると、それより前の出来事となる。
恋仲になる前の杏寿郎に寝顔を見せた機会と言えば、数える程しかない。
(寝顔が目を惹いたって…あの、時?)
可能性は限りなく高い。
涎を垂らしてはいなかったか、白目を剥いてはいなかったか。
そんな心配しかしていなかった自分の寝顔に、惹かれてくれていたのなら。
(あの時から…好き、で、いてくれたの)
実感すると、頬が急に熱さを増した。
赤い顔を隠すように、蛍は布団の中へと潜り込んだ。