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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔



「千くん、可愛かったなぁ…」


 重い衣装も脱ぎ、楽な着流し姿で天井を見上げる。
 布団に入りいつでも就寝できる姿勢で、蛍はしみじみと呟いた。

 舞を演じた後、千寿郎に能楽の羽衣の話を沢山聞かされた。
 演じた自分より遥かに博識で、物語にも能楽自体にも詳しかった千寿郎の話は面白く、ついつい聞き入ってしまった。

 何より弾む声で、初めて観た羽衣のあの所作が綺麗だった、この動きが物語を彷彿とさせた、と語る千寿郎が眩くて。
 未熟であれど、演じていてよかったと心から思えた。





『だからですね。歩幅はこの距離で、背筋は曲げず、扇は常に肩の高さに──』

『は、はいっ』

『……柚霧』

『なんですか?』

『もうあんたがやりな、羽衣の天女』

『え。…えっ!? む、無理ですよ私は! そんな芸妓の経験なんてないし…っ』

『そんなもん関係ないよ。今この場で一番その舞を舞えるのはあんただけだ。幸い能面で顔は隠せるし、連れの連中には気付かれないだろ』

『でも…っ立ち振る舞いはやっぱり芸妓さんの方が綺麗だから、所作だって私なんか見栄えが劣るし…』

『見栄えくらい、あたいが幾らでも作ってやるよ。羽衣の衣装はないが、それに近いものでなら飾れる。任せときな』

『ええっでも…ッ』

『いつまでもしみったれたこと言ってんじゃないよ! あの千って子の為なんだろ!? 腹を括りな!!』

『は、はいぃッ』





 羽衣の舞を辿々しくも指導中、急に松風が提案してきた。
 最初こそ声を上げて断っていたが、松風の勢いに圧されて最後は天女の役を買ってしまった。
 どうなるものかと不安ばかりが募ったが、無事成功した鍵の一つは、できる限り本物の能楽の羽衣に近付けようとしてくれた松風の奮闘のお陰だ。

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