第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「ああ、違ったわ。千坊も関わると極端化する奴だったな」
「そ、そんなことは…っ」
「いいじゃねぇか。愛されてる証拠だろ?」
「それは…あの……」
否定はできず。真っ赤な顔をしてあたふたと俯く千寿郎に、ニヤニヤとからかい混じりだった天元の表情がふと砕ける。
(弟離れだけじゃなく兄離れもってことか)
結局のところ互いに互いを思い合っているのだ。
隙間など見つけられない程の兄弟愛に、天元も笑うしかなくなる。
「蛍は、お松殿と積もる話でもしているのかと思っていたが。そうでないなら道を開けてくれ。今日だけは片時も目を離せない事情がある」
まるで千里眼でも持ち合わせているのか、と思える程に見透かしてくる。
それ以上に声を抑えて真っ直ぐに目線を合わせてくる男の、途端に変わるこの空気はなんだ。
思わず気圧されながらも、松風は目の前に歩み寄る杏寿郎から視線を逸らすと、どうにか伝えるべきことを発した。
「その柚霧が、あたいに頼んだんだよ。あんた達に観せたい芸事があるんだとさ」
「蛍が?」
蛍の事情を話せば、目を見開く杏寿郎の空気がほんの少しだけ和らいだ。
「だからあんたも座んな。柚霧は連れて来てやるから。柚霧が体張って芸者を雇ったんだ。しっかり観てくれなきゃこっちが困るんだよ」
「待て。体を張ったとは? どういう意味だお松殿っ」
「ちょいとばかり知識を借りたまでさ。いいから座る!」
ぐいぐいと松風に背を押されて、渋々と杏寿郎も再び座布団の上に腰を下ろす。
それでもじっと不服を残す表情で見る杏寿郎から逃げるように、松風は座る三人の前に足を進めた。
「謡はいるが、その他は生憎と付け焼き刃のようなもの。舞だけになるのは申し訳ないけどね、上客の要望だ。楽しむといい」
「楽しむって、何を…?」
不思議そうに頸を傾げる千寿郎に視線を流すと、松風は襖の外へと振り返りそれを呼んだ。
「〝天女の羽衣〟」