第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「仕事や家柄でまともに時間を作れない二人だから、実現も難しくて。それでも約束できただけでいいって、そう、千くん笑うんです。見た目は幼い子供なのに、子供が見せない綺麗な笑顔で」
「…だからって、あんたが気にするようなことじゃ」
「私、杏寿郎のことが好きです」
「!」
「今まで出会った異性の誰とも違う。あの人は、私の唯一のひとなんです」
俯いた顔を上げて告げる蛍の顔を、松風は凝視した。
其処にいたのは柚霧ではない。
知らない顔をした、知らない女が立っていた。
「同じに、千くんのことも好きなんです。柚霧のことを知って尚、私を家族として受け入れてくれた」
「…あんたのことを知ってんのかい?…だってあの男は、それを知らないから…(教えてくれって、言ったんじゃないのかい)」
「?…杏寿郎のことですか?」
「あ、ああ」
「杏寿郎は、柚霧のことは名前しか知りません。千くんに知られてしまったのは事故のようなもので」
「あんな小さな子に?」
「はい…後悔、しました。…でも、もしかしたらこの為だったのかなって」
蛍は胸の前で両手を重ねると、強く握りしめた。
「千くんが花街について来てくれたのは、柚霧の私を知っていたからです。他人を心から思いやれる、優しい子だから。…だから、私も千くんの為にできることをしたい」
「……」
「此処で女将さんと出会えたことも何か意味があるのなら。藁にだってなんだって縋っていたい。千くんと杏寿郎の約束を叶えられるなら、なんだってします」
「…なんで、あんたそこまで…」
「…三年前の虐殺事件。知っていたのは聞かされたからじゃなく、あの場に私もいたからです」
「──!」
驚きはしたが同時に納得もできた。
その可能性は十分に考えられたからだ。
だから蛍が虐殺の真犯人ではないかと疑う者も出ていた。
息を呑み、それでも静かに耳を傾ける松風から、更に言葉を失わせたのはその先だった。