第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「芸者って…芸妓のこと?」
「それ以外に何がいるってんだい。ほら、お前達! 相手は上客だよ。しっかりもてなしな!」
問いかける蛍を一蹴した松風が、ぱんと手を叩く。
すると華やかな衣装に身を包んだ女達が、部屋へと音もなく踏み入れた。
元々四人でも十分広い部屋を天元は借りていた。
捕えた男は別部屋に隔離してある為、その為に選んだ広さではないことは蛍も察していたが、もしやこの為だったのかと目を見張る。
「本日は、ようこそおいで下さいました」
「どうぞ心ゆくまでお楽しみ下さい」
「よろしゅう、おたのもうします」
三つ指を付き、深々と頭を下げる芸妓達。
その煌びやかな姿は、蛍のよく知る月房屋のような女郎達ではない。
舞妓のような、気品さを兼ね備えた女達だ。
三味線を手にした女が傍らに座れば、舞妓達は指先の前に閉じた扇子を並べた。
懐から出す仕草一つさえ、乱れがなく一様に揃っている。
とん、ちん、たん、と三味線が雅やかな音色を奏で出す。
そっと扇子を手にした舞妓達が、すらりと立ち上がる。
ひらりと扇子を開き、袖を撫で、ゆるやかに舞う様は羽を持たぬ蝶のようだ。
「わあ…舞妓さんの舞なんて初めて見ます…っ」
「そりゃいい土産になるな。楽しんでいけよ千坊」
「はいっ」
口元で両手を合わせて感激の眼差しを向ける千寿郎。
きらきらと少年さながらの輝く眼(まなこ)を見せる姿に、杏寿郎も表情を和らげる。
(あっ)
いい土産になると笑う天元の言葉に、蛍ははっとした。
華やかな芸事に背を向けると、そろりと襖を少しだけ開けて体を滑り出す。
「松か…女将さんっ」
「? なんだい。また食事の追加かい?」
一人、去ろうとしていた松風を追った。
「いえ。あの舞妓さん達、女将さんが育てた芸妓なんですか?」
「あんたも知ってるだろ、あたいはそんな技術持ち合わせちゃいないよ。女将としてこの店を守ってるだけさね。芸者は他所から引き入れた子達さ」
「じゃあ、あの…その中で、能楽を演じられる人っていますか?」
「能楽? なんでまた」
「千くんと杏寿郎…連れの兄弟の二人に、観せたい演目があって」
「ふぅん?」