第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
上手く言えないのか、言いたくないのか。
迷う素振りを見せる蛍に、ぱちんと指を慣らして場を変えたのは天元だった。
「ハイハイ。訊きたい話もあるにはあるが、お前らが出てる間に俺と千坊はずっと待ちぼうけを食わされてたんだ。いい加減に腹が減った。なぁ千坊」
「え? 私は…まだ我慢でき」
「我慢って言ってる時点で駄目だっつの! 実の兄と義理の姉に遠慮してんじゃねぇよ。よし千坊、飯食うぞ!」
「わぁっは、はいっ!」
「ってことで、そろそろ頼むわ!」
ぱしんと大きな掌が千寿郎の背を打つ。
腰を上げ廊下に顔を出したかと思えば、打ち合わせをしていたかのように見つけた女中を呼び付けた。
「そろそろ頼む? って何」
「此処はお松の店だろ? 色々世話になってる話をしたら、礼はこっちで頼むって言われたからよ」
頸を傾げる蛍に振り返ると、親指と人差し指の先を合わせて輪を作る。
銭の意味を模すと、天元はニッと砕けて笑った。
「今日は大食漢もいるからな。食うぞ、とことん!」
肉類に野菜、海鮮に穀物、乾物に豆、芋、卵や果実類まで。ありとあらゆる食材を持ち寄ったかのような、豪華な料理が並ぶ。
懐石料理のような立派な御膳から、大皿に盛られた活造りや揚げ物や鍋や握り飯を前に、蛍はただただ目を丸くした。
「やっぱ美味い飯には美味い酒が合うな!」
「うまい! うまい!! うまい!!!」
「この煮物椀、凄く美味しいです…!」
朱色の猪口から零れ落ちそうな程注いだ清酒を、気持ちよさそうに何度もあおる天元。
綺麗な箸捌きながらも、掃除機のように次から次へと料理の皿の中身を食い尽くし空にしていく杏寿郎。
一つ一つの料理に舌鼓を打ちながら、両頬を押さえて歓喜の声を上げる千寿郎。
三人三様でありながら、これでもかと料理を味わう姿には感心さえしてしまう程だ。
(そういえば、お昼まともに食べてなかったもんね…)
鬼の蛍は毎日三食の必要性はないが、杏寿郎達は違う。
ずっと緊迫した空気も保っていたのだ。
食事の時くらいは羽を伸ばしても構わないだろうと、蛍も肩の力を抜くと千寿郎へと身を寄せた。