第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「……蛍」
「何? 杏寿郎」
「その十二鬼月の、瞳に刻まれた文字を見たんだろう? 上弦下弦。また数字は、幾つだったんだ」
普段の快活な声を静めて問いかける杏寿郎に、蛍の顔がはたと向く。
そういえば伝えていなかったと思い出した。
虹色の煌めく宝石のような瞳を。
忘れていたのではなく、言わなかっただけだ。
告げた時の反応は、大方わかっていた為に。
「上弦の、弐」
「上弦…!?」
「おいおいマジかよ…」
言い難そうに蛍が告げれば、二人の柱の間に緊張が走る。
十二鬼月の上から二番目ともなる実力者となれば、無惨同様出会うことすら希少な鬼だ。
「俺らでも会ったことないってのに、本当に上弦だったのか?」
「うん」
「む…それは逃げの一手を取って正解だったな。滅多なことではないが、鬼同士での共食いもある」
「共食い…するの?」
「無きにしも非ずだ」
「……」
「蛍?」
「…ううん。なんでも」
美味しそうだとしきりに囁いていた童磨の言葉が、今になって体の芯を冷やす。
一歩間違えれば、本当に餌として喰われていても可笑しくはなかったのかもしれない。
既に完治したはずの頸の後ろが、名残りを思い出すように疼いた。
「どうであれ相手が上弦なら、俺も柱以外の隊士には待機命令を下したはずだ。蛍も己の命を優先したんだな。よくやった」
「う、うん……一回は、抗ってみたんだけど」
「そうなのか?」
「うん…でも瞬殺だった。影鬼を、一瞬で氷漬けにされてしまって」
蛍の肩に手を添え、安堵に似た笑顔を浮かべる。
そんな杏寿郎に対して、蛍は浮かない顔をしていた。
「氷を操る異能か。今までに見たことがねぇ能力だな」
「俺もだ。細胞を凍らせ壊死させてしまう能力とあらば中々に手強い。蛍も氷漬けにされたのは影鬼だけなのか? 他に何かされなかったか」
「大丈夫。相手も遊んでいるような感じだったから、本気じゃなくて」
「遊ぶような、とは? 弐の鬼はどんな性格をしていた?」
「えっと…」
徐々に食い気味に問いかける杏寿郎に、徐々に蛍の声が尻窄みしていく。