第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
「相手のことが知りたいって思うのは、当然の感情だけどさ。今が幸せなら、それでいいんじゃないかともあたいは思うけどね」
「……そうだな」
残した松風の言葉に静かに相槌を打って、視線を下げる。
木目の床を見る視界に、未だ湿り気の残る空色のべべが映り込んだ。
「──!」
皺を残す後ろ襟に、小さな痕跡を見つけたのはその時だ。
廊下の灯りの下でよくよく確認してみれば、それは小さな血痕だった。
天元が蛍の後ろ襟を引っ掴んだ際に、出血したとは考えられない。
血痕を鼻先に近付ける。
血の匂いがほとんどしないことや薄れ具合から、べべが川で濡れる前に付いたものだと杏寿郎は理解した。
(となれば、血の主はどちらか)
蛍か、十二鬼月か。
蛍は、十二鬼月に手傷は負わされなかったと応えていた。
となればこれは相手の鬼の血か。
(──本当に?)
血痕は、着物の後ろ襟の内側だ。
着ていた者以外の血が付着するなど考え難い。
蛍はそうだと言ったのだから、そうだと情報を呑み込めばいいものを。
一度疑問を抱くと、頭から離れなくなってしまった。
「……」
「…兄上?」
「…俺の傍では、それこそしあわせに笑っていて欲しいと思うから──」
頭上で暗雲が立ち込めるかのような、不穏な空気を覚える。
(だから、知りたいんだ)
胸騒ぎがした。