第22章 花いちもんめ✔
「よい、しょっと…」
石橋に小さな手がかかる。
水分を含んだ重い布を引き摺り、それは橋の下から現れた。
全身濡れ鼠状態の小さな人影に、杏寿郎はかけようとした声を呑み込み息を止める。
「…ほ──…」
それは紛れもなく、齢十二の姿をした蛍だったからだ。
ぽたぽたと滴る雫は、髪からも指先からもべべの袖からも伝っている。
今し方、水中遊泳してきたかのような全身ずぶ濡れ状態で、蛍はぎゅっと袖を絞り上げた。
「ぃっきし」
小さなくしゃみを一つ。
ぶるりと体を震わせながら上がる顔が、視線が、穴が空く程に開眼して見ていた杏寿郎と重なる。
「……杏、寿郎…?」
驚いたのは杏寿郎だけではなかった。
同じく幼い団栗眼を丸く見開く蛍が、小さな唇を開き呼んだのは、確かに。
「なん──っ」
疑問符を蛍が投げかけ終える前に、杏寿郎の手は小さな体を手繰り寄せていた。
「んぷっ」
顔を胸元に押し付けられて、幼い息が上がる。
それでも蛍を引き寄せた腕は、離すことなくしっかりと抱きしめた。
「きょ、じゅ…っ」
「……た…」
「?」
「…よかった…」
噛み締めるように零れ落ちた杏寿郎の声は、驚く程小さく掠れていた。
もぞもぞと身動いでいた蛍の動きが止まる。
大きな背に、回すか回さないか。躊躇うように、小さな手が彷徨った。
「ッ蛍!!」
「ぅわハイ!?」
途端にがばりと体を離した杏寿郎が、しっかりと幼い両肩を掴んだまま凝視してくる。
「無事か? 怪我はないか!? 何故ずぶ濡れなんだ!!」
「ええと…その、川から、上がって来たから、で」
「何故川の中に!? 落ちたのか!!」
「いや…うん、あの…」
怒涛のような杏寿郎の問いに、まごつきながらも蛍はきゅっと小さな手を握り締めた。
意を決したように、頭を下げる。
「っごめんなさい! 任務中に、迷惑をかけて…っ」
「謝らなくていい。君が任務を途中放棄するような者ではないことは、よく知っている」