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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第22章 花いちもんめ✔



「訊くって何を…っひ、」


 太腿に触れていた手が、意図を示すように尚も触れてくる。
 形を、柔さを、確かめるように這い撫でる手に、ぞわりと蛍は背筋を震わせた。


「やめっ…話を、するだけだってっ」

「その話を蛍ちゃんがしてくれないから、だよ。でももういいんだ。こっちの方が愉しそうだから」


 べろりと、童磨の長い舌が首筋を這い舐める。
 悪寒で肌を粟立てると、蛍は唇を噛み締めた。

 隙を見つけている暇などない。
 自ら作り出すべきだと、足元の影を波打たせた。

 相手は上弦の鬼。
 迷う暇などない。
 機会は瞬く間だけだ。

 ザァッ!と津波のように足元から荒立つ影が、童磨を飲み込もうと襲いかかる。


 きん、と耳鳴りのような音がしたのは一瞬だった。


 静寂。
 影鬼の荒立ちも、童磨の声も、何も聞こえない。
 無音に近い空間の中で、は、と零した蛍の息が白く染まった。


「え──」


 先程までは湿気た狭い拝殿内だったはずだ。
 それが床も壁も襖も天井も、全てが霜を残す程に冷たく凍り付いている。

 一気に氷点下に変わった拝殿内の空気に、蛍は困惑した。


「わあ、凄いね蛍ちゃん! それが蛍ちゃんの血鬼術?」


 場違いな程明るい童磨の声が、静寂を壊して響く。
 弾む目で見上げているのは、童磨を襲おうと荒波の形のまま凍り付いた影鬼だった。


「自分の影を操るんだ。面白いねえ」

「な、んで…」

「でも残念。これくらいの術なら、赤子の手を捻るようなものだ」


 人差し指の爪先で、かつんと影鬼の先を軽く叩く。
 途端にぱきんと罅(ひび)を入れた影鬼は、蛍の前で呆気なく砕け散った。
 しゃらしゃらと粉状に崩れていく様は、粉雪のように儚くも美しい光景にも見える。


「ああ、寒くなっちゃったね。これじゃあ凍えてしまう」


 寒い寒いと歌うように囁きながら、固まる少女の体をゆるりと抱き締める。


「でも大丈夫だよ。俺がちゃんと温めてあげるから」


 しゅるりと帯紐を解く音が、冷えた世界でやけに響いて聴こえた。


「──ね、」


 気がした。

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